ロシアが気になる

amihappy.exblog.jp
ブログトップ
2007年 09月 28日

ドストエフスキー 『カラマーゾフの兄弟』

d0007923_07309.jpgドストエフスキーの未完の大作。この亀山郁夫先生による新訳は、出版した光文社によれば9月6日現在、36万9千部を突破した。何か売れるきっかけがあったわけでもなく、第1巻から突出して売れ始めたが、その理由は不明だそうだ。
おそらく、現在、読み易い小説(簡単に読めても後に何も残らない小説)は次々と出版されるが、読み応えのある小説に出あうのが難しいので、古典を選ぶためだろうか。少なくとも私の場合はそうだ。限られた時間のなかでは、確固たる地位を確立したとされる小説を選択するほうがはずれがない気がするのだ。ただ、ドストエフスキーは、トルストイやチェーホフと違って何だか重く、そう気軽に始められないが。

私が以前読んだカラマーゾフは原卓也先生訳のものだったと思う。なかなか読み進められず大変だった記憶はあるが、内容はほとんど忘れてしまっていた。今回の新訳は、はじめて「挑戦」する人でも心理的な負担が軽くなるよう?活字は大きく、行間はゆったりしている。亀山先生の詳しい解題がつくが、全5冊で文庫にしては値段が高く、1冊平均単価は800円を超える。表紙は、従来の訳本のように作家のいかめしい顔をあしらうようなものではなく、ポップなイラストが描かれて、書店で何となく手にとってみたくなる装丁だ。

この度の翻訳は、評判どおり言葉が自然に流れていて、理解しやすい。ドストエフスキーに限らず、外国の古典文学の翻訳は日本語の流れが不自然で読みにくいときがある。登場人物の名前ひとつにしても、先生によれば、名前を忠実に訳出するとページによっては3分の1を名前が占めてしまうので、表記を工夫したらしい。同じ人物の名前が姓、名、父称、愛称とりまぜて出てくるロシア文学は、この名前の問題で読むのにけっこうつまづくのだ。
各巻のしおりに主要な登場人物が書いてあるのも良い。

各巻あとがきに、内容と対応する形で、農奴解放後の当時の社会・宗教・歴史的背景が解説されている。文学上の表現についても、シラーやゲーテの作品を踏まえた部分など説明が詳しくありがたい。

作品の読みどころは、人間描写だろうか。ストーリーに魅かれるという人も多いだろう。「神」の問題も外せないだろうし。ルーレット賭博に狂いすさまじい浪費癖のあったというドストエフスキーならではの「金」を巡る描写も同様。
作家が描く、人の負の面、即ち、憎しみ、怒り、妬み等々に突き動かされた人間の狂乱状態にはうちのめされてしまう。ミーチャの大宴会シーンなどちょっとおそろしいくらい。次々に登場する、常軌を逸したというかビョーキの人物たちがリアル。時代は19世紀でも人間の持つ多面性というか複雑な心のありようは現代と変わらない。
以前読んだときは、アリョーシャが絶対の善に見えた記憶があったが、善には違いなくとも迷いや脆さを抱えているのが感じられた。

『カラマーゾフの兄弟』は作家の死で「第二の小説」が書かれぬまま終わったが、その主題は「皇帝暗殺」だった。亀山先生は、暗殺者をアリョーシャではなく、長じて革命家になったであろうコーリャ・クラソートキンと見ている。確かに読んでいてそのほうが自然だと思える。

1,2度読んだくらいではこの小説の完全理解は多分不可能。先生の解説には自伝層とかポリフォニーとかいろいろ書いてあるが、難しいことは抜きに、まずはひたすら読み進め、年代相応にドストエフスキーの世界に浸れればいいのだと思う。

亀山先生は、現在『罪と罰』を翻訳中。出版は来年夏の予定だそうだ。
[PR]

by itsumohappy | 2007-09-28 00:19 | 文学・本


<< オレンジ・プリンセスの髪      最近の話題から >>