・・・突然、彼はひざをついて、こう言い出した。 「カピタン!どうか、わしを山へいかせろ。わし、町には、ぜんぜん、 住めない。薪買う。水にも金いる。木切る、ほかの人、おこる」 私は彼をおこして、椅子に坐らせた。 「いったい、どこへいくつもりか」 私はきいた。 「あそこへ!」 彼は遠く青いヘフツィルの山なみを指さした。 『デルスウ・ウザーラ』は、ロシア人探検家アルセーニエフ(1872~1930)が、1906~07年にかけて行った沿海州ウスリー河流域の探検の紀行記である。デルスウは、アルセーニエフ一行の案内をつとめたゴリド族(ナナイ族。北方ツングース系少数民族)の老人(と言っても60歳位)。 まだ未開の地であった沿海州地方の厳しくも美しい自然と、そこに住む少数民族デルスウが生き生きと描かれている。デルスウの超人的な能力(というより現代人が失ってしまった自然と共生するための知恵と観察力)を物語る数々のエピソードが印象的。 霧や雨の音、鳥の向いている方向、銃声の響き具合で天候を予測する。足跡一つを見て、人種、年齢、健康状態をぴたりと言い当てる。そして時には身を挺して自然の猛威に襲われるカピタン(隊長)一行を危機から救う。 自然を畏れ敬い、タイガに存在するものは、魚も虫も、霧までもデルスウにとっては全て「ひと」。無駄な殺生はせず、食べ物はその場の皆(人間とは限らない)で分け合う。 しかし、ハンターとしての誇りを持っているので、魚が「悪態をつく」のや、アザラシが人間を「数える」のは我慢できない。 アルセーニエフは、そんなデルスウの考え方や生活ぶりを紹介する傍ら、先住民族が、中国人、ロシア人、日本人たちの沿海州地域への進出に伴い、徐々に生活の場を奪われ(中国人の搾取ぶりがむごい)、伝染病まで持ち込まれて苦しめられていく悲劇を語っている。 親子ほども年の違うアルセーニエフとデルスウの互いに対する尊敬と友情も、ただの探検記ではないこの本の読みどころだと思う。 新参者が持ち込んだ天然痘で家族を全て失い、孤独なデルスウは、ある「事件」をきっかけに森での生活を続けることが困難になる。アルセーニエフは、探検がいったん終了した後、デルスウをハバロフスクに連れて行き、街中で一緒に暮らす。けれどもデルスウは街の生活に馴染めず、ひとり森に去っていく。はじめに紹介したのは、デルスウとカピタンことアルセーニエフの別れの場面。 本来なら名もなき少数民族であるが、デルスウはこの本によってその名を後世に留めた。 私が読んだのは『デルスウ・ウザーラ』(1930年版)の長谷川四郎による改訳(1965年)で、平凡社東洋文庫シリーズのひとつ。なので、実に無味乾燥な装丁。大きな書店でないとないかもしれない。悪魔も出る深いシベリアの森はやはり写真で見たくなる。この紀行の時の記録写真ってあるのかなぁ。 ちなみに、写真家故星野道夫氏は常にこの本を持ち歩いていたそうだ。 囲みの中の色つき部分が探検した流域 絵本もある。『森の人 デルス・ウザラー』(群像社) パヴリーシン氏はシベリアの画家だそう。やや渋い感じの絵本。印象的なエピソードはみな入っている。 また、1975年に黒澤明監督が映画化した(日ソ合作)。1976年アカデミー賞外国映画賞受賞。前から気になっているのだけど、イメージどおりか不安でまだ観ていない。
by itsumohappy
| 2007-01-30 01:04
| 文学・本
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