ロシアが気になる

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2012年 09月 07日

レーピン展

d0007923_23221690.jpg国立トレチャコフ美術館所蔵のレーピン展の感想などです(2012年10月8日まで文化村ザ・ミュージアムで開催。以降、浜松、姫路などを巡回)。

イリヤ・レーピン(1844―1930)は、ウクライナ・チュグーエフ出身。1863年、サンクトペテルブルクに出て、美術アカデミーで学んだ。アカデミー時代は、エルミタージュのコレクションを模写し、レンブラント、ベラスケス、ハルスらに傾倒した。在学中より、市井の人々の生活を描くことに関心が強かった。

レーピンの名声は、『ヴォルガの船曳き』(ロシア美術館所蔵、1873年)で高まった。今回の展示会には、『船曳き』の下絵が出ている。『船曳き』は、1869年、レーピンがサンクトペテルブルクのネヴァ川を散策中に見た光景がもとになっているそうで、画家は、その後、ヴォルガ川で船曳きを観察し、何度か描き直して完成させた。

1873年、美術アカデミーの留学生としてパリへ渡ったレーピンは、マネや印象派の影響を受けた。今回出展されている代表作『日向で-ナジェージダ・レーピナの肖像』(下)など、光あふれる日差しの下で描かれた作品は、明るく穏やかで、いかにも印象派の感じである。  
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1877年から1882年のモスクワ滞在時代には、実業家トレチャコフと知り合い、トルストイ、ムソルグスキーらとも交友を深めた。一度見たら忘れられないムソルグスキーの肖像画(上)が展示されている。この絵が描かれてから約10日後にムソルグスキーは死去したらしい。アルコール中毒で病んだ姿ではあるが、圧倒的な存在感に満ちた作品だ。
 
レーピンは、「人生というドラマ、自然の印象、歴史の精神などが私たちの主題」と、師であるクラムスコイに書き送っている。クラムスコイは、1863年、美術アカデミーのコンクールで自由な画題を求める請願を仲間と共に行ったが却下されたため、アカデミーを退学して移動美術展覧会協会(移動派)を結成した画家。1878年にレーピンは、移動派の会員となった。

1882年、サンクトペテルブルクに移住後、肖像画を主体に旺盛な制作を続けた。肖像画のモデルは王族、貴族、軍人、農民、巡礼者、インテリゲンツィア、芸術家、評論家、女優、家族などさまざまである。男性も女性もその内面が堂々たるタッチで描かれていて、人気画家であったことが納得できる。

19世紀後半のロシアは、ナロードニキらによる反帝政活動など不穏な空気が漂っていた。レーピンは、1866年、アレクサンドル2世を暗殺したカラコーゾフの公開処刑をスケッチしている。展示会には、政治犯がシベリアあたりに橇で護送される絵があった。1917年の2月革命を支持し、臨時政府首相のケレンスキーの肖像画も描いた。
レーピンが、革命後の社会の様相をどのように見ていたか、この展示会からはわからない。大戦前の1930年に死去しているので、よい時期に世を去ったと言えるかもしれない。教鞭をとった美術アカデミーでは師事を希望する者が引きもきらなかったそうだ。あらゆる階層から幅広い支持を得続けた、幸せな画家人生だったのではと感じた。

ロシアに行く機会があれば、 『ヴォルガの船曳き』(ロシア美術館所蔵)(下)は見たいものだ。
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by itsumohappy | 2012-09-07 23:39 | 展示会 | Trackback | Comments(0)