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2010年 03月 28日

ギリャロフスキー 『帝政末期のモスクワ』

ウラジーミル・アレクセーエヴィチ・ギリャロフスキー(1853-1935)著。19世紀末から20世紀初頭のモスクワ社会のルポルタージュ(原題『モスクワとモスクワっ子』)。ギリャロフスキー、通称ギリャイおじさんは、当時の新聞に掲載していたスラム街のルポで有名だったらしい。チェーホフやシャリアピンら著名人たちとも交流し、ギリャイおじさんの家は、演劇、新聞、美術界のサロンとなっていたようだ。

d0007923_22433558.jpgギリャロフスキー(左)は、ヴォルガの船曳き、サーカスの曲馬師、俳優など多くの職業を経験。
1ルーブル硬貨を指先で割り、蹄鉄を折り曲げるなど並外れた腕力の持ち主だった。


ギリャロフスキーは、70歳を過ぎてから以降約10年間ドキュメンタリーを執筆。『帝政末期のモスクワ』は1926年に出版された。革命前のモスクワで、ブルジョワジーの豪壮な屋敷から死体の埋まる下水道の中まで、好奇心の赴くまま街のあちこちをつぶさに見て歩いた記録の集大成である。

この本でやはり印象的なのが貧民街や泥棒市場のルポ。強盗、脱走犯など「人生のルビコン河を渡ってしまった人たち」のうごめく「ヒトロフカ」の魔窟ぶりを仔細に紹介している。
モスクワ芸術座が「どん底」の上演に際し、演出家、俳優一同はギリャロフスキーに引き連れられてスラムを見学した。スラムの人々に「ぶんやさん」と呼ばれ一目置かれたギリャロフスキーのおかげで全員無事に出てこられた、とある。

スラムの他、銭湯、レストラン、床屋、パン屋、競馬場、骨董市場などのルポが載っている。骨董市場の上客は有名なコレクター、シチューキンであった。60軒あった銭湯はモスクワっ子たる以上、「絶対素通りできない場所」で、どこにも固定客がいた。
庶民の暮らしぶりだけではなく、シベリアに徒刑となり、女子供も含む囚人たちが市中引き回されたうえ送られていく姿や専制政治打倒を訴え学生運動が先鋭化していく様子など、帝政末期の不穏な社会状況にも言及している。

本書で数多く出てくる地名は、巻末に索引となっていて、現存する場所は今の地名が併記されている。モスクワの街や歴史に関心があれば興味深い本だろう。

レーピン画 『トルコのスルタン宛に手紙を書くザポロジェ・カザークたち』に登場するカザークのモデルになった
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by itsumohappy | 2010-03-28 22:50 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)