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2008年 11月 13日

サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団「チャイコフスキー・ガラ」

d0007923_0115367.jpgサンクト・フィルの「チャイコフスキー・フェスティヴァル テミルカーノフ70歳記念」公演のうち、11月10日の演奏の感想です。
(東京オペラシティコンサートホール)


ショスタコーヴィチ作品がメインだった前回来日公演(06年)には行かれなかったので、今回は早めにチケットを購入(といっても3階サイド最安席)。平日の夜公演は、会場に着くまでにばたばたし、何だか疲れる。テミルカーノフ氏体調不良で3日の昼公演が中止になったのを聞いて、10日は大丈夫かと心配だったが、無事開催されてよかった。
公演の感想を一言で言えば、重厚で華々しく、非常に聴きごたえがありました。



[出演]
デニス・マツーエフ(ピアノ)
庄司紗矢香(ヴァイオリン)
エカテリーナ・シチェルバチェンコ(ソプラノ)
アンドリュー・グッドウィン(テノール)


[曲目]
●「エフゲニー・オネーギン」よりポロネーズ
●ピアノ協奏曲第1番
●ゆううつなセレナード
●「スペードの女王」よりリーザのアリア「一体、何処から涙が」
●「エフゲニー・オネーギン」よりレンスキーのアリア「青春は遠く過ぎ去り」
●「イオランタ」よりイオランタのアリオーゾ「なぜなの?」
●「イオランタ」よりイオランタとヴァデモンの二重唱「ワインをどうぞ~あなたが黙っている理由がわからないわ」
●序曲「1812年」


席からは舞台上手半分強しか見えなかったが、テミルカーノフ氏の動きはよく見えた。優しい好々爺然としたマエストロが、すーっと台に上がるやいきなり演奏開始。指揮棒は使わない。腕を上下左右させるのはともかく、手についた水滴でもぱっぱと払うような、というか指で塩でも散らすような動きに、一体オーケストラがどう反応するか観るのが面白かった。

冒頭の「ポロネーズ」でさっそくひきこまれた。音のうねりを体で感じるのはやはり生演奏ならでは。この曲はわくわくと盛り上がるので好きです。テンポも好みだった。続いてピアノ協奏曲第一番。マツーエフは、チャイコフスキーコンクールの優勝者(98年)で豪快な演奏。金管楽器も迫力があり、素晴らしく印象的な出だしが映えた。ピアノの手元を見ていると、その動きに驚く。弾くというか全身でばんばん叩きまくる。でも別に乱暴には聞こえない。アンコールの「四季-10月 秋の歌」は、一転してしっとりと囁く演奏で、息をつめるように鑑賞した。

休憩後、真っ赤なドレスのほっそりした紗矢香ちゃん登場。ヴァイオリンの音がかなり大きく聞こえる。ホールの設計でしょうか。「ゆううつなセレナード」、哀感たっぷりで、ヴァイオリンがむせび鳴いていた。1715年製ストラディヴァリウス「ヨアヒム」だそうです。オーケストラとの調和もよかった。

d0007923_042769.jpg次にアリア。エカテリーナ・シチェルバチェンコ(右)は、05年にボリショイデビューした新星。たおやかな美しさがあった。来年6月、14年ぶりに来日するボリショイ・オペラ公演にも出演予定。オネーギンのタチアーナを演じる。アンドリュー・グッドウィンは、オーストラリア出身で、現在ボリショイのゲスト・ソロイスト。若いレンスキーにぴったり。二重唱はわりと長いもので、演奏とともにずいぶん堪能できた。

最後に「1812年」。団員がフル出演して奏でるとかなりの迫力。ラストは、金管部隊が立ち上がって演奏。そういう演出の曲なのだろうか。鐘は鳴り響き、偉大なるロシアモード全開で、少々苦しいくらい。ホール内はびりびりしていた。

はなをかみかみ指揮していたマエストロ、顔色もあまり良くなく、途中で倒れたりしたらと気がかりだったけれども、最後のアンコール「トレパック」までしっかり力が入っていた。
楽団員の雰囲気は実にいろいろで、上から(舞台半分だけだが)眺めていると面白い。枝木のような金髪高校生風がいれば、樽のようなロシアンマフィア風もいる。ムラヴィンスキー時代からやっています、という感じの人もいる。コンサートマスターとその隣席の奏者もかなり個性的。動きの面白い金管部隊が見える側でよかった。演奏中、舞台に何かを誤って落とす音がどこかでしたりして、鷹揚な感じである。

この日の公演は7分程度の入りで、どのランクの席も空きがあった。何だかもったいない。そうしたら5日の公演の入りは何と3分!位だったらしい。1公演キャンセルによる曲目全面変更のせいにしてもあまりにもがら空き。1日2公演などというプログラムを組まず、チケット単価を下げる努力をしてほしい。S席2万円は高い。

楽団は、引き続き、19日までアジアツアー。ソウル、台北、上海で公演する。

ユーリ・テミルカーノフ
d0007923_0392125.jpg北カフカスのカバルディノ・バルカル共和国の首都ナールチク生まれ。1988年に死去したムラヴィンスキーの後を継いでレニングラード・フィル(現サンクトペテルブルク・フィル)の首席指揮者となった。



(写真は楽団のサイトより)
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by itsumohappy | 2008-11-13 23:45 | 音楽 | Trackback | Comments(2)
2008年 11月 09日

トルストイ 『コサック』 『ハジ・ムラート』

d0007923_9473792.jpg文豪トルストイ(1828-1910)は、カフカスを舞台とする小説を多く著した。トルストイは名門貴族で富裕地主であったが、安穏な生活に背を向けカザン大学を中退。その後、砲兵隊勤務の兄の誘いで、カフカス砲兵旅団に志願し、士官候補生としてチェチェン人討伐作戦に参加した(1851-1853)。
<左:トルストイの肖像(1873)
クラムスコイ画(トレチャコフ美術館所蔵)>

帝政ロシアは、1817~1864年にかけて、抵抗する北カフカスの山岳諸民族との戦争を繰り返した。19世紀のロシア文学には「カフカス」のモチーフが多く登場し、批評家ベリンスキーは、「カフカスはわが国の詩才たちのゆりかご」と表現した。プーシキン、レールモントフらがそのような詩才の初期の代表である。

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トルストイは、カフカスへの思いを持ち続け、死の直前、家出したときに持っていた切符の行き先はウラジカフカス(チェチェンの隣国、北オセチアの首都)だったそうだ。
<右:トルストイ27歳時の写真>

トルストイのカフカスもので、初期と晩年の作品の紹介です。

『コサック』(1863)
執筆に10年かけた中篇。主人公オレーニンは、虚飾に満ちたモスクワの上流社会から逃れてカフカスに転地する。はじめてカフカスの山地を見て夢ではないかとばかり感動するシーンが印象的。カフカスの自然のなかに真実や美を見出し、「幸福とは、自然とともに居、自然を見、自然と語ることなのだ」と語る。

主人公は、グローズヌイ(チェチェンの首都)から遠くないコサック村に起居し、コサックらとともに、ロシアに帰順しないチェチェン人を討伐する生活を送る。そのなかで、溌剌としたコサック女性や気のいい男性たちとの出会いと別れが描かれる。
「他人のために生きる」幸福をカフカスで発見し、手にいれようと夢見る青年の瑞々しさとはかなさが心に残る。

      カフカスの最高峰エルブリス山(5,760m) John Shively氏撮影
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『ハジ・ムラート』(1904)
中断時期をはさみ完成まで8年かかった生前未発表の中篇。発表されなかったのは、1880年代よりトルストイは、文明の悪に対する「無抵抗主義」を標榜していたためとされる。
ハジ・ムラートは、北カフカス山岳民の英雄で、ロシアに対する解放闘争の指導者シャミーリの片腕だった人物。シャミールと不和になった後のハジ・ムラートの悲劇が小説の主題である。

  ハジ・ムラートd0007923_20222072.jpg
ある日、トルストイが散歩しながら野の花をつんで花束を作っていたとき、「ダッタン草」と呼ばれるアザミも加えようとしたが、頑丈できれいにちぎることができず、結局投げ捨ててしまった、というエピソードがそのまま小説の冒頭に記されている。山岳民を「屈服しようとしない草」に例えているけれども、彼らに対する視線は暖かである。ハジ・ムラートは、ロシア兵士らも惹かれる魅力的な人物という設定で、その勇敢さ、礼儀正しさが印象的である。その一方で、討伐作戦におけるロシア軍の残虐行為とチェチェン人の悲嘆が描かれる。

ストーリーは、事件に沿って淡々と展開しているが、トルストイは、帝政ロシアの覇権主義の犠牲となった北カフカス人の話を通じて、一種の体制批判を行っているととれる。


    カフカスの各地域がロシアに併合された年(出典:『ロシアを知る事典』平凡社)
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参考:
『カフカース-二つの文明が交差する世界』 彩流社2006年
2006年12月1日  北海道新聞
2002年11月12日 毎日新聞
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by itsumohappy | 2008-11-09 10:26 | 文学・本 | Trackback(1) | Comments(0)