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2006年 10月 26日

A・ポリトコフスカヤ 『チェチェン やめられない戦争』

d0007923_23513471.jpgポリトコフスカヤ氏殺害事件から半月ほど過ぎたが、今のところ犯人は捕まっていない。氏は、所属していた「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙で殺された3人目の記者だそうだ。報道によれば、ソ連崩壊後殺害されたジャーナリストは40人を超え(不自然な事故や病気による死亡も含めると200人強らしい)、プーチン政権以降だと過去12人だという。その12人の犯人はわからずじまい。今回もそうなるのか? 

事件が起きた日はプーチン大統領の誕生日だった。過去の事件同様、請負殺人とみられている。犯人の大統領へのプレゼントだという説もあるようだ。

日本でも87年、朝日の記者2名が襲われて1人が射殺される事件があった。日本でジャーナリストを狙った殺人事件では私はこれ位しか知らない。
ロシアの人口1.43億人(2005年1月現在)程度で、マスコミ人も日本ほどいないだろうに殺される記者多すぎ。

ポリトコフスカヤ氏は、西側で知名度が高かったらしい。この『チェチェン やめられない戦争』などのチェチェン報道で有名になり、国際的な賞も受賞した。殺される直前、チェチェンの収容所での拷問事件を取材していたという。

殺害事件直後に放映されたNHKのニュース特集で、私の聞き間違いでなければ、ノーヴァヤ紙は発行部数がモスクワで(たったの)1,200部で、モスクワ周辺の限られた知識階層にしか読まれず、事件はTVでもあまり報道されていないと言っていた。つまり氏の影響力はロシア国内ではかなり限定されたもので、大統領は、政権に打撃を与えるための事件と見ているらしい。

前置きが長くなってしまったが『チェチェン やめられない戦争』、読み通すのに非常に気力がいるが、著者の使命感、怒りなどがよく伝わってくる。ここに書かれているチェチェンの状況は、あまりに理解不能。不条理というか無法極まる世界が展開されている。
例えば身代金ビジネス。ロシア軍に掃討された民間人(武装勢力ではない)の返還に身代金が要る。死体となっていたら生きた人間より値が高い。チェチェン人は身内を手あつく弔うからだそうだ。戦時下では罪無き人々が殺されていくというのはよくある話だが、著者は、戦争状態を維持することが当局にとって都合がよい、という事実も石油密売ビジネスなどを例に指摘している。

この本は2004年の出版。今でも人々の暮らしは本に書かれた状況と変わらないのかは不明。チェチェンでの自由な取材は当局から許可されないそうで、日本での新聞報道は少ない。

読んでいて苦しいので誰にでも薦められる本ではないが、読まれる方は、先に本文のあとにある米大学の先生の論考に目を通されてからのほうが理解しやすいと思う。
(2006年10月15日東京新聞、20日南日本新聞、21日・24日毎日新聞ほかより)
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by itsumohappy | 2006-10-26 00:06 | ロシア | Trackback(1) | Comments(0)
2006年 10月 15日

A・ポリトコフスカヤ 『プーチニズム 報道されないロシアの現実』

d0007923_22475942.jpgこの本の著者、ポリトコフスカヤ氏は10月7日、モスクワの自宅アパートのエレベータ内で射殺されているのが発見された。
『プーチニズム』は、04年イギリスで出版された“Putin’s Russia”の邦訳。本国ロシアでは未出版。邦題には「報道されないロシアの現実」とあるが、主な内容は、ポリトコフスカヤ氏が所属する独立系新聞「ノーヴァヤ・ガゼータ」紙上で公表されたものだそうだ。同氏は、チェチェン紛争報道で知られ、ノルド・オスト事件(02年に起きたモスクワの劇場占拠事件)でチェチェン武装勢力から指名されてロシア政府との仲介役に立った。04年、ベスランでの学校占拠事件の取材に向かう飛行機の中で毒殺されかかるなど脅迫を受けていた。

出版されたのは2年ほど前だが、本に紹介されているロシア社会の抱える病巣の根深さを見ると今の時点でもさして状況は変わっていないと思われる。
「報道されない現実」はやはり想像以上のものであった。「法治国家」「司法の独立」という言葉が体現されている日本では考えられない話ばかり登場する。この本を読んだ後では、先のサハリンプロジェクトの騒動も根室漁船を撃った国境警備隊員が酔っていたという噂も不思議でも何でもなく感じる。

プーチン大統領は「法の独裁」をスローガンにしているらしいが、ポリトコフスカヤ氏は、ロシアの「法」がその時々の都合で権力によりいかようにも運用できる現実の恐ろしさを、数々の具体例を挙げて取材している。

ロシア軍兵士の悲惨な状況、ウラルの大企業のマフィアによる乗っ取り、極東原子力潜水艦隊の貧困に近い現状。新興ロシアンの別荘地のため国家遺産の森林が伐採される。チェチェン人というだけで職場から追われ犯罪がでっちあげられる。
ルポのなかでも「ブダーノフ事件」というチェチェン人女性を惨殺したロシア人大佐の事件裁判のくだりとノルド・オスト事件の被害者達の証言を読むと、ロシアが「法治国家」とはいかに程遠い存在であるかが理解できる。
「国際テロの撲滅」などのスローガンのもと、真相や正義を求める人々が圧殺されている。ノルド・オストで劇場にまかれたガス(大統領が選んだ)が何だったのかさえ明らかにされないのだ。

著者によると、プーチン大統領は、これまで政策を約束したことも討論したこともない(そんなのってあり?)。国民を愚弄し、秘密警察の手法をイデオロギーに移しただけで、意見の合わないものを殲滅する。ホドルコフスキー氏(解体された石油企業ユコスのオーナーだった)のように。

KGBは強い者だけを認め弱い者は食い殺す。ロシアの政治情勢を変えられるのはロシア人自身しかいない。恐怖心を見せたら終わりである。そう語った勇気あるジャーナリスト。本に書かれていた著者の願いは「ただ、自由でいたい。」というシンプルなものだった。

10月11日、ドイツ訪問中のプーチン大統領は、ポリトコフスカヤ氏殺害事件について徹底捜査を表明した。「ロシアの失われた良心」に例えられた氏が、最後の良心とならないことを願う。

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事件から9日目にあたる15日に行われた追悼行進。ペテルブルクのカザン聖堂前。ロシアでは死後9日目に魂が体から離れるとされている。(10月15日AP通信Dmitry Lovetsky氏撮影)



d0007923_0185847.jpg殺害されたモスクワのアパートの入り口付近に捧げられた花。 (10月15日AP通信Mikhail Metzel氏撮影)
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by itsumohappy | 2006-10-15 22:54 | ロシア | Trackback | Comments(5)
2006年 10月 15日

最近の話題から

最近の新聞などから、日露に関係する記事を紹介します。

●日本企業のロシア進出
プーチン大統領の出身地、サンクト・ペテルブルクに進出を決めたトヨタ自動車。ロシアで日本企業初の車両(カムリ)生産工場を建設し、07年稼動開始を予定している。トヨタに続き、日産も09年に生産を目指しペテルブルク郊外に車の組立工場を建設すると表明した。

日露間の貿易は03年から増加の傾向で、05年、日本からロシアへの輸出額が前年比6.9%増、ロシアからの輸入額が前年比10.5%増となった。輸出と輸入を合算した貿易総額は1兆1,775億円(前年比23.4%増)で、旧ソ連崩壊以降では過去最高の水準である。

d0007923_17593933.jpgみちのく銀行は、99年にモスクワで現地法人(左)を設立し、対露金融ビジネスのパイオニア的存在だった。ユジノサハリンスク、ハバロフスクにも店舗を持ち、採算がとれているとされていたが、みちのく銀行自体の経営不振により、10月、みずほコーポレート銀行にこれらの店舗を手放した。みずほにとって、今後のロシア進出の拠点となる。他の日本の銀行では、8月に三菱東京UFJ銀行のロシア現地法人が、ロシアでの銀行業の営業免許を取得している。

その他の企業について。
キリンビールがこれまでイギリスの企業に委託していた「一番搾り」の製造輸出をカリーニングラードのロシア企業に委託し、販売する。現地生産により60ルーブル(330ml)だったのが半額となり、競争力が強化される。サッポロビール「黒ラベル」、アサヒビール「スーパードライ」なども極東方面を中心に輸出攻勢をかけている。
ロシアでは所得の向上とともにウオッカ離れが進んでいるらしい。極東ロシア人の来日が増え、日本ビールの知名度も高まっているそうだ。

松下電器産業は10月、09年度までにロシア国内にプラズマテレビの組立工場を建設する検討に入ったことを明らかにした。 富裕層の増加により大型プラズマテレビの需要が見込まれるとのこと。現地生産により、他国企業との競争に有利となる。

【2006年8月日経ビジネス、10月4日北海道新聞、10月8日読売新聞、10月12日朝日新聞より】

●札幌を目指すサハリンのロシア人旅行者
原油高などを背景に好景気に沸くロシア。サハリンのロシア人はかつて小樽、稚内で廃車同然の中古車を買うイメージがあった。今はデジカメや宝飾品を買いに札幌に行くそう。
サハリン住民の平均月収は日本円で6.4万円。5年前の3倍である。現地では北海道旅行情報があふれる。ツアー客は、札幌の量販店での買い物を楽しむ。デジタルカメラとレンズなどのセット(23万円)、真珠の指輪(20万円)など高価なものを買う人もいる。日本でも高額といえるこれらの商品、ロシアの感覚ではかなりの金額ではないかと思う。ツアー客に商品を紹介したニコンの担当者は、新しい購買層の出現に注目している。

道内から入国した、船員を除くロシア人は、05年は約6,000人で、10年前の2.6倍。小樽、稚内から航路で入る人が多いが、観光客は品揃えが豊富な札幌に向かってしまい、小樽、稚内の商店は売り上げが減っている。稚内市は旅行会社に市内に滞在してもらえるよう要請しているがうまくいかないらしい。

【2006年10月7日北海道新聞より】

●ロシアの「芸者学校」
モスクワにある「シュコーラ・ゲイシャ」(芸者学校)。4年前にミーラ・トゥマノワさんが設立した。元モデルのミーラさんは、理想の女性が持つ美をすべて満たすのが日本の芸者であるというのが持論。今年アメリカ映画「SAYURI」がロシアでヒットし、感銘した若い女性がミーラさんの学校に多く集まるようになった。

この芸者学校で教える「芸事」は、ヨガ、ダンス、美顔術など。生け花、煎茶の入れ方、指圧もカリキュラムにある。ミーラさん曰く、ロシアでは女性の社会進出とともに女性らしさが失われており、女性の美しさと芸で男性を癒し自らも幸せになることが必要とのこと。週4回5週間の基礎コースが13,000ルーブル(1ルーブル約4.4円)。ロシアでは安くないが、1コース25人の定員は常にいっぱいらしい。日本で言う花嫁学校?に近いか。

一生徒の感想「男の子に対抗するより女性的できれいでいる方が男性をコントロールできると分かった」。
芸者学校のマイナス面について、ミーラさん「きれいになるとかそんなことばかり考えて頭が弱くなるみたいです。でもそれもかわいらしさのひとつということで・・・」。
日本研究者レーシェンコさん「昔のロシアの知識人と比べ今の芸者に対する理解は浅すぎる」。
でも、自分も生活も美しくありたいと願い努力するのはよいことですね。

【2006年10月1日東京新聞より】
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by itsumohappy | 2006-10-15 18:09 | ロシア | Trackback | Comments(2)
2006年 10月 09日

第31吉進丸事件の謎

8月16日に起きたロシアによる根室の日本漁船銃撃・拿捕事件。死者1人を出したこの事件で、船長は、密漁と国境侵犯の罪で裁かれ罰金刑を受けた。その後帰還した船長は、無実を主張し、事件の真相はさらに藪の中となった。

何でも早く帰国するために罪を認めたそうだが、ロシア側は船長発言に反発しているそうだ。国後島民は「裁判官に謝罪を繰り返し、涙ながらに解放を訴えた船長の態度は何だったのか」「日本への信用が損なわれないか心配」などと語った。(10月6日北海道新聞)

ロシアの国境警備局によると、事件の起きた8月16日未明、中間ラインを越えていた吉進丸は、無灯火で標識もなく、警備隊が高速ゴムボートで近づくと体当たりしようとしたのでボートから警告ロケットを6回発射した。英語とロシア語による無線で停船を呼びかけても、無視して逃走を続けた。ボートから吉進丸に乗り移った警備隊員に、乗組員が刃物で向かってきたので、ボートにいた隊員が自動小銃(カラシニコフ)で2度警告射撃をしたが、波が高く、吉進丸も複雑な操船をしたため、漁具や水産物を投げ捨てていた乗組員の1人に命中した。

吉進丸船長によると、上記の話は全て間違い。中間ライン手前の漁業規則ライン(北海道海面漁業調整規則に基づく調整規則ライン)上におり、ロシア側の警告はなく、乗組員はコンブが絡まった漁具の縄を切っていた。計器の不調に気をとられていたらいきなり銃撃された。狙い撃ちだった。

どちらかがうそをついているのか?それともお互いの勘違い・思い込みと船体の不調?などの要因がたまたま重なり合って不幸な結果を招いたのか。暗闇では、パニックになってナイフを振り回している船員は、襲ってくるように見えるかもしれない。

越境の有無さえはっきりわからない奇妙な事件。拿捕地点は海上保安庁のレーダーの死角となっていて、日本側は何の証拠もない。船体は没収され競売にかけられるが、日本からの競売参加は拒否された。

越境の証明は船に積んであるGPSで可能だろうが、航跡が裁判で明らかにされたというニュースはなかったように思う。政府がロシアに事件の抗議をするにしても、あそこの海域は日本の領海というのが建前なのだから「越境はしていない」とは主張できないのがつらいところ。「拿捕は容認できない」くらいしか言えない。

極めて不運な事件だったのかもしれない。ただ少し気になるのは、ロシア側は以前から吉進丸を越境操業の常習犯とみており、船長の前歴(レポ船検挙歴(こちら参照))も知っていたという報道があったこと。
亡くなった船員はかなり撃たれていたという話がある。(何発撃たれていたかは9日現在明らかにされていない) 領土問題の犠牲になったこの方が本当にお気の毒だ。

(8月17日朝日、日経新聞、10月3日時事通信、毎日新聞、10月4日朝日新聞)
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by itsumohappy | 2006-10-09 21:54 | 歴史・領土問題 | Trackback | Comments(0)
2006年 10月 05日

ドストエフスキー『白痴』

d0007923_23564018.jpg白痴。なんかすごいタイトルである。英語(IDIOT)と同じで、ロシア語でも“ИДИОТ”。ロシア語では「白痴」の意味のほか「ばか」「まぬけ」程度の軽い意味もあるらしい。周囲から白痴と称されている、ムイシュキン公爵が主人公。ドストエフスキーが究極の理想とする、完全無垢な心の美しい人間として描かれている。

長編小説は、前半ぐいぐい引き込まれた後、途中、本来のストーリーに必要なのかよくわからない描写が続く中だるみがあり、その足踏み状態をクリアすると、急展開して終了。というパターンが多いが『白痴』もそれにあてはまるかも。

前半、ムイシュキン公爵の憧れの君、ナスターシャ・フィリポヴナが強烈な印象を残す。暖炉のシーンが前半部分の山だろう。ナスターシャの登場シーンがもっとあるとよいのだが。アグラーヤよりナスターシャがいい。

公爵は周囲を癒すキリスト的な存在のようでややリアリティーがないが、その他の人物はそれぞれに人間くさく複雑かつ現実的。リザヴェータ夫人が一見わけのわからないおばさんのようで、実は一番の慧眼の持ち主かもしれないと思った。登場人物は、ロシアの長編小説の例外に違わず大勢出てくる上に名前がややこしくて(父称がついているとき混乱しがち)頭に入らず、何度も本の扉裏にある人物表を参照してしまう。

俗世の中で心の美しさは壊されてしまう。世の中、きれいごとじゃ生きていけない。そうわかっていても善良に生きたい人間は日々どうあるべきなのだろう。「結局、我々はみな幻影に過ぎない」というリザヴェータ夫人のせりふがドストさんの答えなのだろうか。

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黒澤監督が『白痴』の翻案を映画化している。(1951年公開) 舞台は北海道。出演:森雅之、三船敏郎、原節子、久我美子。ああ、あの役とすぐわかるキャスティングである。
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by itsumohappy | 2006-10-05 00:01 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)