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2006年 05月 27日

ムソルグスキー「展覧会の絵」 (フェドセーエフ&モスクワ放送交響楽団) 

d0007923_22552973.jpgモスクワ放送交響楽団が来日し、オールロシア音楽のプログラムを演奏した。このうち川崎で行われたコンサートに行った。(5月20日 ミューザ川崎)演目は、「ルスランとリュドミラ 序曲」(グリンカ)、ヴァイオリン協奏曲(チャイコフスキー)、「展覧会の絵」(ムソルグスキー)。グリンカの曲ってはじめて聴いた。チャイコフスキーのヴァイオリン演奏は樫本大進。気鋭の若い演奏家で熱演していた。ではメインの「展覧会の絵」について。

演奏のあとで知ったのだが、この曲はもともとピアノ曲で、昔、音楽の時間で聴かされていたあのオーケストラの曲は、ラヴェルが編曲したもの。つまりムソルグスキーが構想した音ではない。最後のフィナーレの豪華さなど大規模編成のオーケストラならではの音でコンサートの醍醐味が味わえるけれども、なんでこれが“展覧会の絵”なのかと感じていた。ラヴェルのイメージだったのだ。

d0007923_2258772.jpgもとのピアノ曲も聴いてみた。これは本当に“展覧会の絵”のイメージだ。ムソルグスキーの友人だった画家・建築家のハルトマンの遺作展で、一枚一枚展示の絵を巡りながら友人の思い出にふける作曲家。「展覧会の絵」を構成する10曲のひとつひとつにモチーフの絵があった。それらの絵(スケッチ)はだいたい判明しているようだが該当するものがわからないのもあるらしい。左は、フィナーレ部分「キエフの大門」のスケッチ。

ミューザ川崎は新しいホールで大きすぎないちょうどよいサイズ。オーケストラを斜め上から見るような位置だったので、忙しく立ち働く?演奏者がよく見えた。大変そうだったのが金管楽器系と打楽器系。似たような楽器をあれこれとっかえたり演奏位置まであちこち移動したり。ドラまで使う。コントラファゴットとかあまり見たことないような楽器が多くて面白かった。

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d0007923_2351890.jpgムソルグスキー(1839-1881)
裕福な地主の階級出身だったが、農奴解放令(1861)で家は没落。役人生活の傍ら作曲活動をし、反西欧・反アカデミズムのロシア5人組のひとり。アルコール中毒でしばしば錯乱、困窮の中で死去という実に昔の芸術家のイメージ。この、教科書に出ていた一回見れば忘れられない風貌は、レーピンの絵だった。
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by itsumohappy | 2006-05-27 23:14 | ロシア | Trackback | Comments(2)
2006年 05月 19日

ウラジオストク青年劇場 「かもめ」

d0007923_2354939.jpgロシアのウラジオストク青年劇場(青年ドラマ劇場)が来日し、東京でチェーホフの「かもめ」(5月12日~14日)を、岩手県で日本の民話を基にした芝居「うたよみざる」(16、17日)を上演した。
13日、「かもめ」を観に行った。

劇場のシアターX(両国)ははじめてだったが小規模な空間で、演劇をじっくり鑑賞するのにふさわしい雰囲気だった。俳優の演技をじかに感じてもらえるように字幕、イヤホンガイドを使わないという主催者のコンセプトで、せりふは全てロシア語。原題は「ほら、これがおまえの劇場だ」(Вот тебе и театр)。4幕の「かもめ」を作家2人と女優2人の2幕の物語に構成していて、従って登場人物は4人だけ。

舞台装置は、天井から丸ワイヤーに薄い白布が4、5枚くらいに分けて長いカーテンみたいに(カーテンが全部閉じられると白い円筒みたいになる)下げられた台、つまりトレープレフの「劇場」が真ん中に置かれただけの簡素なもの。
開場して、どこに座ったらよいか迷っていたら、劇場の係の方から前のほうを勧められ、ロシア語もわからないのにずうずうしくも一番前の真ん中に座ってしまった。

ストーリーは日本語で読んでいたので、ああ、あそこの場面、あそこのせりふだなぁと見当はだいたいついたが、はじめは慣れなくてしばらく落ちつかなかった。観ているうちにだんだん俳優の表情やせりふ回し(意味はわからないけど)の妙を楽しむことができた。衣装も白を基調としていて全体に品のある舞台だった。

アルカージナは(尊大な)大女優らしく、ニーナは世間知らずの純情な女優志願らしく(都会に出る前だが)。トレープレフは、パンフレットに「今日風に言えばニート」なんてあってなるほどと思ったが、才能への迷いと嫉妬が伝わってきたし、トリゴーリンはまるでチェーホフがもう少し長生きしたらあんな感じかも?と思うような、優しい、しかし人生をよく知っている(世知にたけた)という雰囲気だった。
音楽は、映画「ゴッドファーザー」で使われたものが流れていた。もの悲しいメロディーが劇のイメージには合っていたが、映画のほうをつい想起してしまった。ゴッドファーザーも一種の家族劇だからってことで使用したわけでもないと思うが・・・。

チェーホフは「かもめ」を「喜劇」としている。私には喜劇と感じるまで達観できないので、せめて喜悲劇かなぁと思ったりする。

ウラジオストク青年劇場は、青少年のためのドラマの劇場として1954年に創設され、古典演劇をはじめ、現代演劇、音楽劇などレパートリーが300あり、「かもめ」は、人気レパートリーの1つとのこと(2006年5月11日 毎日新聞)。
今回はたまたまブローグニックさんの紹介で観に行くことができたが、大規模でない演劇公演の情報は外国のものであれ日本のものであれ注意していないと気がつきにくいものだ。

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「かもめ」
企画:ウラジオストク青年劇場 
芸術監督:ビクトル・ガルキン 
出演:
アルカージナ:ガリーナ・コプィロワ(功労俳優)
トリゴーリン:アレクサンドル・ヴォロシャンコ(功労俳優)
ニーナ:ポステルナック・ラリーサ
トレープレフ:アンドレイ・トロフィーモフ

ロシアには、功労俳優とか功労芸術家とか国が優れた芸術家を認定する制度があるようだ。

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ウラジオストクは、札幌市とほぼ同緯度で、1860年に海軍基地として建設された。1890年には沿海州の州都となるなど、ロシア・ソ連の太平洋への玄関口として発展。1952年、軍事上の理由で閉鎖都市となったが、1989年にソ連市民に、1992年に外国人に開放された。

ウラジオストクの名称は、1860年、同地に派遣されたロシア軍に、皇帝が「ヴラジェイ・ヴォストーカム」(「東方諸地域を支配せよ」)と命じたことに由来するという説が有力。
人口は、約61万人(2005年1月現在)で、住民の大多数はロシア人。極東地域最大の都市であるが人口流出が続いており、92年以降、年率約1%の割合で減少している。

1907年(明治40年)に日本領事館が設置された。明治のはじめから日本人が移民しており、1920年代初頭には6000人近くの日本人が居留していたと言われている。
敦賀~ウラジオストク間の連絡船とシベリア鉄道を乗り継いで欧州に向かうルートは、当時の日欧連絡の最速ルートの一つだった。

ウラジオストクは、新潟、富山、大阪から飛行機で2時間弱。富山からは船「ルーシ号」が出ている。新潟市、函館市、秋田市と姉妹都市。
市民の日本への関心は高く、日本総領事館が行っている文化行事は常に盛況らしい。
在ウラジオストク総領事館のHPより) 
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by itsumohappy | 2006-05-19 23:25 | 演劇 | Trackback | Comments(0)
2006年 05月 14日

ロシアの人口減少問題

5月10日、プーチン大統領は、2006年度教書演説で、あらゆる国の機関は全力で人口増対策に取り組むよう号令を発し、案として育児手当の増大や育休中の母親の権利保護などを提示した。(2006年5月12日 産経新聞)
少子高齢化はロシアでも大問題。ロシアでは1993年以降、毎年人口の5~6%(70万~90万人)が減少し国家存亡の危機に向かっている。1991年のソ連崩壊による社会の変動が大きく影響しているようだが、このペースで進むと26、7世紀にはロシアは無人の地になってしまうらしい。
(ちなみに人口減少率の上位10カ国のうち、7カ国は元ソ連。ロシアは8位。1位はウクライナ。(2005年12月21日 日本経済新聞))

平均寿命は日本と異なりロシアでは伸びていない。2002年現在、男性は58.4才、女性は72才。平均で64.8才である。特に男性の平均寿命が短いのは、自殺率の高さ(ロシアはリトアニアに次いで世界第2位)やアルコール中毒患者の多さが関係しているが、全体としては、乳児死亡率の高さが影響していると言われる。
出生児1000人当たりの死亡数は、ロシアでは14.7人(2001年)。日本は3.1人、アメリカは7.2人、西欧主要国はその中間といったところだ。1993年時点でロシアは20人だったので、減ってはいるが依然2ケタ台の高い死亡率である。
(ロシア統計年鑑、ユーラシアブックレット『ロシアがわかる12章』 ほか)

合計特殊出生率については、2004年現在、1.25人。(日本は1.29人)
その他、中絶件数の多さ、不妊症の増大、高齢化の進行等々の問題も抱え、将来に明るさが見えない様相だ。

ただ、人口増減に関しては民族間に違いがある。スラブ系は減り、イスラム系は増している。
1989年と2002年の人口比較で、人口の8割を占めるロシア人は2.1%減、ウクライナ人は31.7%減だったのに対し、チェチェン、イングーシなど南部カフカス系住民は50%以上伸びている。(前掲 産経新聞)

地域にも差が見られる。人口1億4千万のうち、バイカル以東のシベリア、極東地域の人口は700万弱。ソ連崩壊後、西欧方面に人が移動している。シベリアには中国移民が数十万人とも言われ、今世紀中にはシベリアは彼らに「完全占拠」されてしまうとの懸念もあるらしい。2050年、ロシア人は全体の6割になるという予測もあり、「ロシア正教を基本とする国家」の維持が重大課題のようだ。(前掲 日経新聞ほか)
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by itsumohappy | 2006-05-14 22:14 | ロシア | Trackback | Comments(2)
2006年 05月 07日

ボリショイバレエ「ラ・バヤデール」

1776年創立の名門バレエ団が4年ぶりに来日し、「ラ・バヤデール」と「ファラオの娘」というロシアバレエの古典を上演した。ロシア文化フェスティバルの一環であり、また創立230年記念とあって大規模な(ダンサーが多く要る)公演だった。
3日初日、「ラ・バヤデール」(全3幕)を観た。

バヤデールは仏語・英語で「インド(ヒンズー教)の踊り子」のこと。ロシアでは「バヤデルカ」。古代インドを舞台にしたバヤデール、ニキヤの悲恋物語で、台本・振付はプティパ他、1877年初演である。今回の公演では装置、衣装は当時のものを再現したそうだ。

どの幕にも、黄金の仏像の踊り、太鼓の踊り、影の王国の精霊の踊り等、多彩な踊りがあってあきさせない。インド風のようなアラビア風のようなひらひらしてきらびやかな衣装で、華やかさと異国情緒があふれていた。

d0007923_23135678.jpg主役ニキヤを演じたザハーロワはただ立っているだけでも絵になる姿。繊細でたおやかである。肋骨の浮き出るような細い体で、恋人(ソロル)に裏切られて悲しむ場面など信じられないくらい体がしなる。

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ソロル役のツィスカリーゼはミュージシャンのプリンス似の濃い顔。こちらもしなやかで、体を後ろで2つに畳めそうだった。
準主役のニキヤの恋敵ガムザッテイ役のアレクサンドロワもボリショイの看板スターの1人。ザハーロワよりもがっちりしていて(少々太めにも見える)その分踊りも力強い。この役にとても合っていた。黄金の仏像を演じた岩田守弘はボリショイ初の外国人ソリスト。びよーんとマリのように跳躍していた。

その他大勢の演技では、3幕目の影の王国の場面が美しい。舞台奥から闇に白く浮かぶ32人の精霊たちが、少しずつスロープを舞い降りた後、ステージいっぱいに踊る。ただ人数多い分失敗すると目立つ。何でもないシーンだったのに何故かバランス崩して揺らいでしまった(しかも目立つところで)霊が1人2人いた。
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バレエは誰が観てもそれなりに楽しめる演劇だと思う。ただ値段もそれなり(東京公演は1万9千円~5千)なのでそう頻繁には行かれないのが残念。

踊りの場面は公演のページから

【5月3日の配役】
ニキヤ:スヴェトラーナ・ザハーロワ
ソロル:ニコライ・ツィスカリーゼ
ガムザッティ:マリーヤ・アレクサンドロワ

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ボリショイ劇場本館。現在工事中で、新館などで公演が行われている。バレエのレパートリーは40作近く。値段は5月7日の公演(「シルフィード」)を見ると40~1200ルーブル。バルコニー端は半分は見えないので、そこなら正面2階あたりの立見のほうがよい。

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                 (ボリショイのサイトへ↑)
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by itsumohappy | 2006-05-07 22:26 | 演劇 | Trackback | Comments(1)