ロシアが気になる

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2005年 11月 24日

プーチン大統領の来日

11月20日、プーチン大統領が、100人を超える大企業の社長など経済人とともに来日した。

d0007923_22162381.jpg大統領はペテルブルク出身の元KGB。それらしい鋭い目をしている。真っ赤な顔をしてあまり頭が働いていなさそうに見えた前任エリツィン氏とはだいぶ雰囲気が違う。東独で活動していたのでドイツ語を話す。167センチだけど柔道やロシアの格闘技で活躍したからがっちりしている。愛称はワロージャ。なんかかわいい。ロシアにおける「つるふさの法則」(ロシアの指導者には、つるとふさが交互で現われる法則)にまあ当てはまっている。ちなみに元祖「つる」はレーニン(右)。  d0007923_22172755.jpg   
                                         
来日の会見で、北方領土問題の解決に努力すると語ったが、これまで作成された領土に関する政治文書の有効性などは確認されず、実質的な進展につながる声明はなかった。政治声明みたいのは条約と違い拘束力がない。ロシアにとっては日ソ共同宣言(1956)が出発点であり、そしておそらく着地点なのだろう。

来日中行われた日ロの経済関係のフォーラムは盛況だったそうだ。
大統領の出身地ペテルブルクにはトヨタが進出し、2年後に工場ができる。
経済協力を推進し相互理解を深め、その上で領土問題については現実的な解決を互いに探ろうではないか。そんなメッセージを大統領は送っている。領土をめぐる今の状況は大戦の結果なのだ、とも大統領は言っている。

戦争で失くした領土はまず帰ってこない。それが不法占拠によるものでも。
日本政府はいつまでも進展の見込めない方針にしがみついていてもしようがないだろう。大統領が親日家かはわからないが、柔道を愛する知日家であるとは言える。前回の来日ではたっての希望で講道館を訪れたそうだ。好調なロシア国内経済を背景に強い指導力を保つプーチンの政権が変わってしまわないうちに日本側はもう少し何か方策を考えられないものか。

平和条約を結べば手前の歯舞群島、色丹島は帰ってくる可能性は高い。実際大統領は、日ソ共同宣言を履行する用意がある、と語った旨来日前に報道されている。

在京ロシア大使館d0007923_22262851.jpg
歯舞、色丹が帰れば少なくともその島の海域で魚を自由に獲れる。ただ先の島々の北方領土総面積に占める割合は約7%、国後、択捉が9割以上である。2島の返還だけではもうひとつ外交努力が足らない気がする。
しかし、あの、もとソ連が2島の返還だけでも考慮すると言うだけすごいことだと思うのだが。

大統領が離日した翌日、拿捕されて国後に連れて行かれた羅臼の漁船が解放された。すでに船長は起訴されたとの報道があったが、結局おとがめなしで終わったのか?帰国した船長は、罰金は払わなかったと答えたが、ロシアの報道では20万円相当を払って解放されたとあるらしい。どっちが本当なのかよくわからない。すっきりしない結末である。
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by itsumohappy | 2005-11-24 22:29 | ロシア | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 11日

羅臼の漁船の拿捕

11月3日、国後島付近でホッケ漁をしていた羅臼の漁船がロシア国境警備隊に捕まり、取調べのため国後島のユジノクリリスク(旧地名:古釜布)に連行されてしまった。10日現在、その後どうなったか音沙汰がない。拿捕の理由は、指定区域外で操業し、許可されていない魚が船にあったためらしい。
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いくら北方領土(択捉、国後、色丹、歯舞)は日本の領土と叫んでもロシアが実効支配している地域なわけで、かつてその付近での操業は、ロシア側の銃撃など危険と隣り合わせであった。
領土問題は未解決のままであるが、98年、ロシアとの協定により、取締りの管轄権を棚上げし、一定の条件のもと安全に操業することができるようになった。毎年の交渉で魚種や漁獲量、隻数が決められる。操業中、網に入った指定外の魚は海に戻す。秋から年末まではホッケ、年始から3月初旬まではスケトウダラなどの漁ができる。協定遵守のかわりにロシアは臨検しない(のが暗黙の了解)。ロシアへの相応の見返りはあり、漁業者は2千万くらいの資源保護協力費(一応日本の領土なのだから入漁料とは言えない)を払う。その他水産研究の機材の供与とか日本政府による対ロ技術支援もある。

ちなみにこの協定ができるきっかけを作ったのが、先の選挙で返り咲いた鈴木宗男議員だ。世帯の約3分の1が漁業に従事している羅臼町では絶大な人気があるらしい。この町で鈴木氏は60%の得票率を得た。

今回の拿捕は協定締結後はじめてとのこと。日本側に目に余る行為があったのか。たまたまロシア側の警備隊の機嫌が悪かったのか。
船の中にあった禁止魚は「エビ15匹、キンキ120匹、ツブ150個」だったそうだ。キンキというのは食べたことがないのだが、一匹2~3千円位もする高級な深海魚。別名キチジ、キチジ(吉事)であるからして鯛のとれない北海道ではその代わりになるらしい。   

キンキ
d0007923_2124628.jpgロシアの目をかすめて?ちょっとくらいとりたい気持ちになっても不思議ではないなぁ。ともあれ、拿捕漁船の関係者は心配しているだろう。ロシア大統領の来日を目前にそうひどい扱いは受けないと思われるが・・。
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by itsumohappy | 2005-11-11 21:37 | 歴史・領土問題 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 07日

革命記念日

11月7日(ロシア暦10月25日)は10月革命を記念する祝日、だった去年までは。今年からなんと祝日ではなくなったそうだ。ソ連時代の革命記念日といえば、赤の広場をミサイル積んだ戦車みたいのや兵士が軍事パレードし、それを例のふさふさ黒毛の帽子かぶった党のお偉いさん方が横一列に並んで宮殿上から閲兵するシーンを必ずTVニュースで報道したものだ。西側社会は、彼らの立ち位置でそれぞれのクレムリンにおける影響力を推し量っていた。あ、3番目にいます!とか言って。

  赤の広場  党書記たちは右側の木々付近の上から閲兵していた 
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かわりの祝日として11月4日に「民族統一の日」ができた。1612年、商人ミーニンとスズダリ大公パジャルスキーが義勇軍を率い、モスクワをポーランド軍から解放した記念日である。

  聖ワシリー寺院前にある銅像がミーニンとパジャルスキー
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国をまとめるのに愛国心に訴える政策をとっているのは中国に限らない。同じように広大な国で100以上もの民族がいるロシアでも同じことだ。しかし、新聞によればこの祝日変更に国民はそれほど賛成せず戸惑いの声もあるとか。

4日の「民族統一の日」に極右がモスクワで他民族排斥を掲げてデモをしたらしい。外国人留学生を襲ったりする事件が前々からあるそうだし、日本大使館員も最近被害に遭っている。愛国心と民族主義。一歩間違うとおそろしい。民族問題は日本人にはぴんとこないが根の深い問題だろう。
モスクワ旅行中、市内から郊外に行く途中でハイウェー脇に男性が多く集まっている場所があった。ガイドが、カフカスからの人たちで、そこで仕事のあり口を探すのだと言っていた。おそらく危険できつい肉体労働をするのであろうが、彼らのような(イスラム系の)不法移民に向けられる目は厳しいようだ。
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by itsumohappy | 2005-11-07 22:00 | ロシア | Trackback(1) | Comments(0)
2005年 11月 04日

プーシキン 『ベールキンの物語』 『エヴゲーニー・オネーギン』

ロシア文学と言えばまずひたすら長大で気軽に読もうという気が起きないイメージがある。トルストイやドストエフスキーの著名な作品を読んでもなんだか疲れたなぁという思い出があるだけで、あまり感銘を受けたって記憶がない。大人になってから読むと全然違うんだろうか。しかしもう『戦争と平和』とか『カラマーゾフの兄弟』を読む気力はないなぁ。

ロシア文学の神、プーシキンの作品では、中高生の頃に『スペードの女王』『大尉の娘』などは読んだ。内容は覚えていないのだが、面白かったように記憶している。でも特にその他の作品を読んでみることはなく、しばらく忘れていた。

プーシキンの肖像  右は自画像
d0007923_16514988.jpgロシア人はプーシキンの作品を読みながら成長していく、と言われるくらいお国ではプーシキンの存在は大きいらしい。日本で存在がもうひとつなのは、時代が古いせいもあるが詩句のすばらしさというのはもとの言語でないと理解しにくいこともあると思う。

『ベールキンの物語』と『エヴゲーニー・オネーギン』を読んだ。
ベールキンは『A.Pによって刊行されたる故イヴァン・ペトローヴィチ・ベールキンの物語』という小難しい題名であるが、5つの独立した短編から成るもので、どれも簡潔で読みやすい。広大な大地を背景に農奴制と貴族社会というロシアならではの前近代性を頭に入れながら読むと面白い。昔は田舎にこんな貴族がいたんだろうなぁ。名前でも田舎の子の名前とかあるようで、そういう当時の社会風俗の解説がついていると楽しめる。ベールキンに限らないが。

『エヴゲーニー・オネーギン』は、プーシキンの代表作。今まで本を開いてみてその見慣れぬ構成におののいて、ストーリーは知っていたが読まないままでいた。これは小説ではなく物語詩で、一見とっつきにくいが読んでいくうち慣れてちゃんと物語の世界に入っていける。プーシキンが腐心したであろう韻とか字句の構成美は翻訳では失われるが。当時数部に分かれて出版され、読者は次編の出版を心待ちにしていたそうだ。

やさぐれ貴族オネーギンの描写が読みどころのひとつだろう。プライドだけは高く才気は上すべり気味の様子や決闘の原因となる友人への態度など、他人の純粋さをからかうねじけぶりが淡々と描写されていく。タチアーナはまさにロシアの大地の強さを持つ理想の女性として描かれる。最後のオネーギンとのやりとりのシーンはぐっとくるものがある。
この作品はオペラやバレエにもなっている。映画ではレーフ・ファインズがオネーギン、リブ・タイラーがタチアーナをやった。なかなかよい映画だったと記憶している。まあ原作がよいからまじめに作ればよいものになると思う。
d0007923_17381741.jpg

プーシキンは『オネーギン』のシーンにあるような決闘を実際にやり、その傷がもとで37歳で死んだ。伝記を見ると20歳くらいの時から決闘騒ぎをしている。自ら誇っていたエチオピアの熱い血のせいか。ドラマチックな人生だ。
 
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by itsumohappy | 2005-11-04 21:23 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)
2005年 11月 01日

ロシア語学習

ロシア旅行時、街中の標識にある地名が全く想像がつかなくて落ち着かない気分になった。特に飛行場で地名が読めないということはかなり致命的だ。(国際線ではローマ字表記もあったが)日本はどこ行っても駅名や道路標識にローマ字が併記されていてよほど親切だ。
せめて地名や人の名前くらいは読めるにこしたことないと思い、10月からテレビロシア語講座の再放送を録画後に眺めている。ひと月かかってなんとかロシア文字に見慣れてきた感じ。

Б Г Д Ё Ж З И Й Л П Ф Ц Ч Ш Щ Ъ Ю Я

アルファベットのうち、ん?と思う形の文字だけでもこれだけある。これをきちんと覚えないと辞書もひけないわけで、バスの中などで思い出しては忘れ、を繰り返している。ロシア文字はアートっぽくて面白いがローマ字でも使う字は混同しがちだ。Ha(な)とかPa(ら)などがそうだ。
並んだ文字を、えーっとうーんとと、うなりながら解析?するように読んでいる。簡単なので例えば、

икра → イクラ     
イクラはなんとロシア語起源だった!今日みたロシア語講座でクレープ(ロシア語ではблины(ブリヌイ))の具になっていた。なんか思いもよらぬ取り合わせで衝撃。
якитори→やきとり    ロシア文字だとやきとりも哲学的に見える。   
Я Николай.→私はニコライです。  Яは英語のIに相当。

今のところは名詞と読み方に慣れて、TVでやっている挨拶文を少しずつ覚えていくくらいがやっと。冠詞がないのはありがたいが、名詞の性による語形の変化はロシア語でも避けられない・・。こんなペースではプーシキンが読めるまで相当時間がかかりそうだが、まぁのんびり続けますかね。。
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by itsumohappy | 2005-11-01 20:06 | ロシア | Trackback | Comments(0)