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2008年 06月 18日

ドストエフスキー 『悪霊』 

ぼくらは、気が狂い、悪霊に憑かれて、岸から海へ飛びこみ、みんな溺れ死んでしまうのです。それがぼくらの行くべき道なんですよ。
      (『悪霊』よりステパン・ヴェルホヴェーンスキーのせりふ)



d0007923_22294456.jpgドストエフスキーの描く悪が多彩で、病んだ気分に最高であり、また最悪でもある小説。『悪霊』を読んで、気分爽快になれないことは予想できるのに、ふとある日、そういう長編を読んでみようと思うのはなぜだろう。前半、本筋なのか?という話が延々続き、第一部(全体の3分の1程度)が終わる頃にやっと主人公らしき者が本格的に登場するし、例によってロシア人の名前にも悩まされるし。傍流と思われるところで足踏みして油断していると、肝心なところで場面がいきなり急展開するし。なかなか読み通すのが大変である。

『悪霊』には、卑劣、陰惨、傲慢、凶暴といった様々な悪が登場する。平凡で純粋な、そして善良な人々は、「屑のような連中」にやすやすと騙され、つけ入れられ、混乱に陥れられる。最悪、なぶり殺されてしまう。悪を何故見抜けなかったか、カオスの本質が何であったか誰にもわからない。(現代でも似たようなことが起きている!)
スタヴローギンがこの小説の主人公とされているが、出番が比較的少なく、相当な悪党のわりに描き方があっさりしている。むしろピョートル・ヴェルホヴェーンスキーが悪霊のスタンスを明確に語る。以下、ピョートルの言葉より引用。

この世界に不足しているのはただ一つ-服従のみですよ。・・・家族だの愛だのはちょっぴりでも残っていれば、もうたちまち所有欲が生じますしね。ぼくらはそういう欲望を絶滅するんです。つまり飲酒、中傷、密告を盛んにして、前代未聞の淫蕩をひろめる。あらゆる天才は幼児のうちに抹殺してしまう。いっさいを一つの分母で通分する-つまり、完全な平等です。


この人物(秘密結社の首領)は、「われわれ支配者」のもとに全員が奴隷であり、高度な能力を持つものは処刑されるのだと語る。

『悪霊』が出版された1870年代は、ナロードニキ運動(インテリ学生活動家の農民に対する革命思想の啓蒙活動)の高揚期。しかしながら、同運動は成功せず、反政府活動は急進化した。1866年に、カラコーゾフによるアレクサンドル2世暗殺未遂事件が起きており、その後も皇帝暗殺の試みは繰り返された。皇帝専制に対する反動が増していく不穏な時代である。

ドストエフスキーの創造を、気味の悪い予言として現在は読むことができるが、出版当時は、「悪霊どもが溺れ死ぬ」設定であるため、危険な小説とはみなされなかったのだろうか。
仲間を「総括」する場面での、各メンバーのリアルな描写(まるでその場にいたかのような)、スタヴローギンの悪を看破する狂人、とことん無力な善人の突拍子もない行動等々が印象に残る、毒気の多い小説である。

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●『悪霊』
月間文芸誌『ロシア報知』に1871年~72年にかけて連載された(「スタヴローギンの告白」の章の掲載が見送られて中断した期間をはさむ)。この、ドストエフスキーが「悪霊が豚の群れに入った物語」と呼んだ小説は、ネチャーエフ事件に取材したもので、タイトルは、ルカによる福音書(第8章:32-36節;マタイ、マルコ福音書にも類似の話がある)からの引用(聖書では「あくれい」)。
ドストエフスキー作品は、スターリン時代、『貧しき人々』など一部を除き大半が発禁だった。スターリン批判(56年)後、70年代にかけて全集が発行された。

アンジェイ・ワイダ監督が映画化(1988年フランス)し、日本でも公開された。
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●ネチャーエフ事件 
1869年11月(露暦)。急進主義的革命家でペテルブルク大聴講生、ネチャーエフが結成した秘密結社「人民の裁き」の内ゲバ殺人事件。ネチャーエフは、結社のメンバーであるペトロフスキー農大生イワノフを、密告のおそれがあるとして同大構内で仲間とともに殺害した。レンガに括り付けられてモスクワ郊外の池に投げ込まれた死体が浮上し、事件が発覚した。
ネチャーエフは、無政府主義者バクーニンともつながりを持ち、地方でテロ活動を展開し、農民の反乱を起こす計画を持っていた。ペテロパブロフスク要塞で獄死した。


【参考】
2006年5月21日 北海道新聞
『ロシアを知る事典』平凡社(2004)
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by itsumohappy | 2008-06-18 22:46 | 文学・本 | Trackback | Comments(4)
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Commented by doihideo at 2008-06-21 08:43 x
先日はブログへの書き込みありがとうございました。itsumohappyさんは、ロシアに関心があるのですね。僕は学生時代タルコフスキーの映画が好きだったのでよく見ました。また、建築ではロシア構成主義というものを勉強しました。
Commented by itsumohappy at 2008-06-22 01:05
doihideoさま こんばんは。お越しいただきありがとうございます。ロシアは、旅行がきっかけで少々興味を持ちました。タルコフスキーは、あまり観たことがありません。当時よく上映されていましたが、何となく敬遠していました。いま、レンタル店にないと、作品によっては観る機会が全くないですね。
Commented by あうふく at 2008-07-03 19:26 x
 ドストは、ロシアの歴史が分かると、もっと作品の良さが分かると思います。ドストの作品には、その時代にあった、事件、暴動などが深く関係していますからね。
 それにしても、「悪霊」の映画あったんですね!感動!!
Commented by itsumohappy at 2008-07-03 23:04
あうふくさま こんばんは。コメントありがとうございます。

本当に、その時代の様相を頭に入れて読むとだいぶ理解が違い
ますよね。あと「神」の問題。ドストさんの世界は、深くて圧倒されて
しまいます。疲れるけれども、そのうちまた作品を読んでみたくなり
ます。


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