2007年 05月 24日

国後島・択捉島上陸記 -1.いざ北方領土へ

人生初のホームステイ(非日本人家庭での滞在)を「択捉島」でするとは思わなかった。

このたび、北方領土返還運動の関係で、「北方四島交流事業(ビザなし交流)」の今年度の第1回、国後島・択捉島訪問(5月9日~14日)団に参加する機会に恵まれた。訪問といっても各島1泊2日で、つかのまの印象ですが、レポートします。

「北方領土に行く」と話したときの周りの反応は、おおむね「すごいねー」というようなものだったが、他には、
「フェリーで行くの?」 (480トンの、もと水産学校の実習船だった船です)
「日本人の家に泊まるんでしょ?」 (日本人住んでいません)
「ツンドラ地帯?」「白熊いる?」 (あの~北極圏じゃないんだから…)
はては
「銃撃されないようにねー」 (--;;)
…といったことを言われた。

北方領土って聞いて位置とか島名とかすぐ出ます?私は学校で教わった記憶もなく、経緯等ある程度知ったのはここ数年、というあまり正しくない国民だが、今はきちんと習うものなのだろうか? いちおう図示すると・・・
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 (北方領土問題対策協会の地図から作成) 

こうです↑。納沙布岬の先にある歯舞・色丹・国後・択捉の島々が北方領土、ウルップ以北が千島列島、白地の部分が国際法上帰属未定地、というのが日本政府の主張である。ウルップ以北の島で一般ロシア人住民がいるのはパラムシルだけ。

知床や野付で、海の向こうの「爺爺(ちゃちゃ)岳」(国後島)を間近に見たことがある方も多いと思う。択捉以南はわが国の領土、ということで、北方領土の面積は北海道への地方交付税の算定基礎になっている。

しかしながら、第二次世界大戦後、これら4島はロシアの実効支配下にあるわけで、海上の「中間ライン」を越えればロシア国境警備隊のお世話になってしまう。(歴史的経緯は当ブログ記事を参照下さい)

北方四島への訪問事業は、今年で16年目。領土問題解決に向けた環境づくりということで開始された。歯舞以外の島々の住民との相互訪問を行う(歯舞は国境警備隊しかいない)。友好を深め、次世代の理解(北方領土は日本の領土という認識)を得るのが目的である。

日本政府としては、四島を外国と認めるわけにいかないので、訪問に際し、パスポートやビザは使わない。代わりに「身分証明書」及び「挿入紙」というものを持っていく。どちらもA4位のペーパーで、住所、氏名、職業等最低限の項目に写真を添付したもの。訪問団の係の人がまとめて持っているので団員は目にしない。

訪問前気がかりだったのは気候。どれ位寒いのか見当がつかない。事前に、根室と同じくらいかやや寒い程度と聞いたが、ぴんとこないものだ。根室は5月中旬頃、日本で最後に桜が開花するような寒冷地。都内の真冬のつもりで、いくらでも重ね着できるようにした。

d0007923_2381588.jpgお世話になるロシア人家庭へのおみやげも何にしてよいか迷った。家族構成は出発の時まで不明だったので、とりあえず家族3人分を想定した。ロシア人といえばダーチャでしょ、ってことでサカタのタネで枝豆やかぼちゃ等の野菜と菊の種、セール中だったグラジオラスの球根を調達。ただ「北方領土」で育つのか心配で、お店の人に気温など言うと「育つ!」と力強いお言葉。子供用にはサンリオステーションで菓子袋。消耗品ばかりじゃ残るものがないので、観光客向け土産店で派手めな和柄の札入れを買った。
このように袋の中身はたいしたことないが、2軒分なのでけっこうかさばってしまった。

…と、前置きが大変長くなってしまったが――
5月9日、根室の北方四島交流センター(ニ・ホ・ロ)で団員69名の紹介と事前研修のあと、根室港から「ロサ・ルゴサ号」で16時ごろ出発した。
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出港の前。旗を振りあってしばしのお別れ。
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団員は20~70代。元島民、返還運動関係者、国・自治体職員、通訳、医師、記者などである。ロシア側訪問の際の受入をしている団員の場合、今回で2、3度目の北方領土訪問という方々も多かった。
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こうして見ると根室もちょっと寂しい港。やがて日が落ちた。
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行きの航路(帰りも同じ)。まず古釜布(ふるかまっぷ/ユジノクリリスク)に向かう。10.5ノット(時速20キロ位)で4時間半程度かかる。

通過点(北緯43度28分、東経145度46分)を越えると、そこから先はサマータイム時のサハリン時間となる。悔しいけれど2時間進む。船内の時計は日本時間なので、時々混乱した。
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船室と食堂。
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船は清潔だが、天井は低く狭い。部屋のドアを開けると通路がふさがってしまう。段差が多いので、高齢の方にはきついと思う。先方ロシア人が来る時も使われることがあるのでロシア語の注意書きもあり。d0007923_0165277.jpg

船のエンジン熱を利用したお風呂がある。海水を飲料水に変える装置があるので、飲み水には困らない。ロシアの電圧は日本と異なるので、船内でカメラ等の充電を行う。

古釜布までの航行はスムーズでほとんど揺れを感じなかった。出発当日夜11時頃には古釜布沖に着いたようである。(ぐっすり寝ていて朝になるまで気づかず。)
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古釜布沖。船から見た古釜布の町並み。くすんだような感じ。後ろの山は爺爺(ちゃちゃ)岳。

d0007923_0202197.jpgロシアの係官がはしけでやってくるまで待機。晴れていてほっとした。停泊中、船員さんがしかけた竿に大きなかれいがかかった。

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羅臼山(メンデレーエフ山)は火山なのでところどころガスが立ち上っている。

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はしけ(日本が寄贈した「希望丸」)に乗ってロシア人係官が到着。古釜布港は浚渫がされておらず、我々が乗ってきた480トンの船すら直接岸につけられない。
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船内での入域(入国ではない!)手続き(悔しいけど税関審査)終了後、船から板を渡し、このはしけに乗り移る。天気が穏やかだったので、比較的楽に移ることができた。この時は。
ロサ号がとてもきれいな船に見えた。
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はしけの端にいると危険です。
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座礁した船が沖にそのまま放置されている。
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古釜布の町が近づいてきた。
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待ち受けるロシア側のお迎えの方々。無事上陸。
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港で、ロシア人の家庭などから出してもらった車十数台に適当に分乗し、ムネオハウスこと「友好の家」に向かった。

(5月9~10日)
(続く・・・)

************
【参考】

●北方領土への訪問事業等に関するサイト
北海道 
根室支庁 
北方四島交流北海道推進委員会 
内閣府 
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by itsumohappy | 2007-05-24 01:31 | 歴史・領土問題 | Trackback | Comments(3)
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Commented by おロシア人 at 2007-05-24 21:28 x
大変貴重な記事ですね。
次回を楽しみにしております。
Commented by begemot at 2007-05-24 22:33 x
まさかビザなし交流に参加されたとは。得がたい体験になったのではないでしょうか。
それにしてもitsumohappyさんは謎です。
リポートの最後までじっくり読ませていただきますね。
Commented by itsumohappy at 2007-05-25 00:53
>おロシア人さま
ありがとうございます。次回をせっせと書かなくては。。
・・・「ロマノフ王朝と近代日本展」私も行こうかなと思ってます~。

>begemotさま
はい、、次回をせっせと・・(^^;  たぶん生涯唯一の
自慢になるかも?なんて思ったりして。 
謎って・・・・・(^^;;;


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