2006年 10月 09日

第31吉進丸事件の謎

8月16日に起きたロシアによる根室の日本漁船銃撃・拿捕事件。死者1人を出したこの事件で、船長は、密漁と国境侵犯の罪で裁かれ罰金刑を受けた。その後帰還した船長は、無実を主張し、事件の真相はさらに藪の中となった。

何でも早く帰国するために罪を認めたそうだが、ロシア側は船長発言に反発しているそうだ。国後島民は「裁判官に謝罪を繰り返し、涙ながらに解放を訴えた船長の態度は何だったのか」「日本への信用が損なわれないか心配」などと語った。(10月6日北海道新聞)

ロシアの国境警備局によると、事件の起きた8月16日未明、中間ラインを越えていた吉進丸は、無灯火で標識もなく、警備隊が高速ゴムボートで近づくと体当たりしようとしたのでボートから警告ロケットを6回発射した。英語とロシア語による無線で停船を呼びかけても、無視して逃走を続けた。ボートから吉進丸に乗り移った警備隊員に、乗組員が刃物で向かってきたので、ボートにいた隊員が自動小銃(カラシニコフ)で2度警告射撃をしたが、波が高く、吉進丸も複雑な操船をしたため、漁具や水産物を投げ捨てていた乗組員の1人に命中した。

吉進丸船長によると、上記の話は全て間違い。中間ライン手前の漁業規則ライン(北海道海面漁業調整規則に基づく調整規則ライン)上におり、ロシア側の警告はなく、乗組員はコンブが絡まった漁具の縄を切っていた。計器の不調に気をとられていたらいきなり銃撃された。狙い撃ちだった。

どちらかがうそをついているのか?それともお互いの勘違い・思い込みと船体の不調?などの要因がたまたま重なり合って不幸な結果を招いたのか。暗闇では、パニックになってナイフを振り回している船員は、襲ってくるように見えるかもしれない。

越境の有無さえはっきりわからない奇妙な事件。拿捕地点は海上保安庁のレーダーの死角となっていて、日本側は何の証拠もない。船体は没収され競売にかけられるが、日本からの競売参加は拒否された。

越境の証明は船に積んであるGPSで可能だろうが、航跡が裁判で明らかにされたというニュースはなかったように思う。政府がロシアに事件の抗議をするにしても、あそこの海域は日本の領海というのが建前なのだから「越境はしていない」とは主張できないのがつらいところ。「拿捕は容認できない」くらいしか言えない。

極めて不運な事件だったのかもしれない。ただ少し気になるのは、ロシア側は以前から吉進丸を越境操業の常習犯とみており、船長の前歴(レポ船検挙歴(こちら参照))も知っていたという報道があったこと。
亡くなった船員はかなり撃たれていたという話がある。(何発撃たれていたかは9日現在明らかにされていない) 領土問題の犠牲になったこの方が本当にお気の毒だ。

(8月17日朝日、日経新聞、10月3日時事通信、毎日新聞、10月4日朝日新聞)
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by itsumohappy | 2006-10-09 21:54 | 歴史・領土問題 | Trackback | Comments(0)
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