2015年にノーベル文学賞を受賞したベラルーシのジャーナリスト、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの著作。ともに、体験者を取材して集めた証言から構成するスタイルである。ベラルーシでは、20年以上ルカシェンコ大統領による独裁体制が続いており、アレクシエーヴィチは、大統領から「祖国を中傷する裏切り者」などと非難され、国外での生活を余儀なくされた時期もある。
『戦争は女の顔をしていない』 1978年から2004年までの間、500人以上の退役女性軍人に取材した成果である。政治的な圧力により、完成後2年間出版できなかった。 ソ連では、第二次世界大戦に15~30歳の100万を超える女性が従軍した。軍医、看護婦、 料理・洗濯係ばかりではなく、狙撃兵、機関銃射手、高射砲隊長、工兵、飛行士などもいた。しかしながら、女性兵士たちの活躍は世に知られず、もっぱら語られるのは「男の言葉」による戦争である。著者は、女たちの戦争の物語を数年にわたって調査した。 「幸せって何か」と訊かれるんですか?私はこう答えるの。殺された人ばっかりが横たわっている中に生きている人が見つかること… (アンナ・イワーノヴナ・ベリャイ/看護婦) 私たちが前線に出ていくとき、女の人、老人、子供たちが沿道に人垣を作っていました。「女の子が戦争に行く」とみんな泣いていました。(タマーラ・イラリオノヴナ・ダヴィドヴィチ/軍曹) 地上戦の悲惨な体験が数多く語られるが、この本で印象に残るのは、戦後の物語。勝利後、男たちは英雄になり理想の花婿になったが、女たちの勝利は取り上げられてしまった。 戦地にいたということで敬遠され、時にはあばずれ呼ばわりされるなど、戦場体験のない女性たちからあらゆる侮辱を受けた。前線にいたことを隠し、褒章も身に着けなかった。支援を受けるのに必要な戦傷の記録を捨てた。 …等々の証言はいたましい。 さらに著者は、4年間で2千万人という多大な犠牲は誰の責任だったのか指摘する。すでに戦前、もっとも優秀な司令官たち、軍のエリートは殺されていた。戦地で後退したら収容所入りか銃殺。捕虜経験を持つ者は人民の敵。富農の子が流刑地から帰ると、ドイツ軍に仕えて「親の仇うち」をするという味方同士の殺し合いもあった。 1937年のスターリンの大粛清がなければ1941年も始まらなかっただろう、と著者は記している。 伝えなければ。世界のどこかにあたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。 …一つは憎しみのための心、もう一つは愛情のための心ってことはありえないんだよ。人間には心が一つしかない、自分の心をどうやって救うかって、いつもそのことを考えてきたよ。(タマーラ・ステパノヴナ・ウムニャギナ/赤軍伍長) 『ボタン穴から見た戦争』 原題『最後の生き証人』。1985年、ペレストロイカ政策を受けて雑誌『オクチャーブリ』誌に発表されたベラルーシの子供たち(2~14歳)101人の証言がもととなっている。 1941年、ドイツ軍の侵攻によりベラルーシでは、600余りの村々で村人が納屋に閉じ込められて焼き殺されるなどし、人口の4分の1が失われた。 おかあさん、みんなが宙に浮いているよ(ピョートル・カリノーフスキイ/12歳) あたしたち、公園を食べたんです (アーニャ・グルービナ/12歳) ドイツ軍による銃殺、焼殺その他あらゆる残虐行為の証言は読んでいて苦しい。ドイツの軍用犬は人間の血肉を覚えさせられていた。 両親をなくし、パルチザンに引き取られて、読み書きを教わりながら斥候や通信・食事係となる子ども。姓も言えないくらい幼い孤児。人間らしさを失ってはいけないと洗濯をし、祝日を祝う親。恐怖と飢餓のなかでもユダヤ人の子を匿う人もいた。 先に亡くなったのはあのすばらしいお母さんです。それからお父さんも亡くなりました。そこで実感したんです。私たちはあの時期の、あの地方の生き残りの最後だって自覚したんです。今、私たちは語らなければなりません。最後の生き証人です……。 (ワーリャ・ブリンスカヤ/12歳) あるとき著者は、「大祖国戦争」の映画を、アイスを食べしゃべりながら見ている女の子に気づき、他人の痛みを共有するところのない態度に不安を覚えたそうだ。自分の本は、映画を見てアイスをなめていた女の子が読んでくれなければ、と語っている。
by itsumohappy
| 2016-09-28 19:11
| 文学・本
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