中村逸郎著(2016年)。副題「知られざる大地への七つの旅」。2011年から14年にかけて、政治学者の著者がシベリアの僻村を訪ねた記録である。 シベリアは、広義にはウラル山脈から太平洋岸までの東西7,000キロの範囲(西シベリア・東シベリア・極東ロシア)を指すが、著者によると、人々が「シベリアっ子」と自認する東端は、「シベリアの縮図」と言われるバイカル湖東のチター(チタ)市である。チターのあるザバイカーリエ地方の民族数は120以上。学校ではロシア語使用でも、生活の場では様々な言葉が行き交う。 16世紀、ストロガノフ家に雇われたコサック、イェルマークの部隊が征服したのが「アバラーク村」。ロシア人の先祖がシベリアを切り拓いた最初の地である。 17世紀初めにロシア人のシベリア入植が始まるまで、西シベリア一帯はタタール人(イスラム教徒)の占有地だった。タタール人ら先住民族は、先祖からの宗教、風習を堅持し、ロシア人と真っ向からの対立を避け、微妙な距離をとりながら生活してきた。 第二次大戦後、シベリアはロシアに統合された。ソ連が崩壊すると、「シベリアの天然資源がモスクワに収奪される」というような、ロシアによるシベリアの植民地化を懸念する議論が生じた。モスクワからの分離、自治拡大を求める声もある。 しかし、著者は、シベリアはロシアと折り合い、交じり合ってきた、という観点から、ロシアのなかのシベリアという枠組みでシベリアを理解するには限界がある、と語る。 広大なシベリアの地では、住民の把握もなかなか容易ではない。定住者以外はロシア国家の構成員と認められないが、トナカイを放牧しながら移動するツンドラの遊牧民はロシア人としてみなされるのか。また、人々の幸福度がロシア全土で最も高い「トゥヴァー共和国」で、シャマーン(「シャーマン」のロシア語アクセント表記。シャーマンは、シベリアが発祥の地とされる)の治療を受けた著者に何が起きたか。 取材地はごくごく一部の地域でも、自然と人間が一体となって暮らす「お金や物への欲望とは無縁の精神世界」の様相が大変興味深い。 なかでも、17世紀半ばにロシア正教から分裂した古儀式派のロシア人村(エルジェーイ集落)が印象に残る。ニコン総主教の改革(世界標準の祈祷方式に合わせることを訴えた)に反対した数百万の信者は、シベリア奥地に逃避した。今もその末裔がおり、国家から身を隠して生活しているのである。 道なき道を走破し、おそるおそる村を訪問した著者が出会ったのは、古儀式派でも司祭非容認派の人々。彼らは、宗教者の存在も認めず、神と自然への慈しみのなかで自律的に暮らしている。世俗社会との接触を断ち、法律、徴兵、戸籍、貨幣経済も受けつけない。 国有地であっても、人々が自力で開墾して(勝手に)住んでいるのを国は把握しきれない。ロシア国内でも、国家も法律も意識しない暮らしがある。「シベリアよりもよいところはない」と人々は語る。 「シベリアのなかのロシア」という視点で見た、「ロシアに染められることのない、多彩なシベリア」の一端を知る本である。 森林で育つミネラルの豊富な食料だけで生きているので身体が磁力を帯びてくる、のだそうだ。(岩波書店の本書紹介サイトより)
by itsumohappy
| 2016-07-31 16:00
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