著者によれば、第2次大戦後、ソ連各地に抑留された人々は23か国350万人以上とされる。日本人捕虜は約60万人で、そのうち約3万人がウズベキスタン(ソ連時代はウズベク)共和国各地で道路・住宅や発電所建設などの労役についた。なかでも日本兵が首都タシケントに建てた壮麗なアリシェル・ナボイ劇場は、ウズベキスタンに限らず周辺のカザフスタン、タジキスタンなど中央アジア各地に「日本人伝説」を広めるものとなった。この本は、劇場建設に携わった日本人将兵や現地の人々、ソ連将校らのエピソードを紹介するものである(2015年)。 ウズベキスタンで最も愛されている15世紀の詩人の名を冠するナボイ劇場は、ロシア革命30周年記念として建設が計画され、ソ連時代は、モスクワ、レニングラード、キエフとともに四大劇場のひとつとされていた。 「日本人伝説」が広まったきっかけは、1966年4月26日、タシケント市で起きたM5.2の直下型大地震。60年代までは世界で起きた大地震の5指に入る規模だった。街のほとんどの建物が倒壊するなかで、日本兵が完成させたこの劇場は崩れなかった。それは、捕虜たちが、将来笑いものになる劇場を作ったら日本人の恥、との思いで建てたからである。 戦前、基礎工事の段階で中断されていた劇場建設に投入されたのは、主に、満州から移送されてきた、永田行夫隊長以下457名の旧陸軍航空部隊の18歳~30歳の工兵たちだった。満州の野戦航空部隊の中隊長だった永田氏は当時24歳。他の将校らとともに第4ラーゲリで工兵を指揮した。全員の無事帰国を目指し、ソ連側将校と交渉して食事や作業が公平になるよう努め、抑留生活のストレス発散のため学芸会なども企画した。工兵たちは、バイオリンや演劇衣装、囲碁将棋、トランプ、麻雀など何でも作ってしまった。 ソ連に抑留された者の中でも、比較的恵まれていた背景には、部隊の性格(大学出たてで階級意識が強くない将校、人柄のよい下士官、職人気質の兵)や物分かりの良いソヴィエトの収容所長の存在があった。 永田隊長は、ソ連の政治将校から秘密情報員の疑いをかけられるも、尋問の席で一式戦闘機の図面を書いて見せるなどして危機をくぐり抜けた。劇場完成後、別のラーゲリに移送されたが、旧知の収容所長の計らいで48年に帰国した。帰国の前に、第4ラーゲリの457人の名前・住所を、スパイ容疑を避けるために暗記し、舞鶴に着いても宿をとって、忘れる前に紙に書き写した。 基本的にノンフィクションでも、小説仕立てのような表現があって少し慣れなかったが、日本、ソ連ともにこんな将校たちもいたのだと知り、感銘を受けた。 2015年10月25日、タシケントを訪問した安倍首相夫妻。ナボイ劇場を視察し、日本人墓地に献花した。【首相官邸のサイトより】 上の写真で首相夫妻が見つめていた劇場壁面のプレート。かつては、「日本人捕虜が・・」と書かれてあったが、ソ連から独立後、就任まもないカリモフ大統領は、ウズベキスタンは日本と戦ったことも日本人を捕虜にしたこともないと発言し、「日本国民が‥」に書き換えさせた。
by itsumohappy
| 2016-04-20 18:55
| 文学・本
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