公爵家出身の革命家・地理学者ピョートル・クロポトキン(1842-1921)の回想記(1899年)。もとは1898年から約1年間、雑誌「アトランティック・マンスリー」に連載されたものである。幼年期から、革命思想に目覚めアナーキズム運動に携わる20~30代頃までを中心に記されている。特に、冒頭の子ども時代の部分が、当時の上流階級の生活が伺えるもので興味深い。
幼少時のクロポトキンは、モスクワ貴族の習慣に倣い、ナポレオンの軍隊の生き残りであるフランス人の家庭教師から教育を受けた。早くに母親と死別しており、召使たちに気遣われながら成長。1858年、近衛連隊の将校として皇帝に仕えるべく「近習学校」に入学した。近習となって、宮廷で大舞踏会や大接見式などを見るうちに、宮廷生活の見世物的な側面に疑問を抱き、皇帝アレクサンドル二世が些事に夢中になりすぎて重要な問題を考慮しないことにも気付く。当時のロシア社会は、中途半端な農奴解放令(1861年。農奴は身分的には解放されたが、土地取得税が課せられたため、「自由でもあり自由でもないあいまいな宣言」となった)の影響で農民が都市に流入し、不安定な状況となっていた。 クロポトキンは、近衛連隊で一生を閲兵と宮廷の舞踏会に捧げるのはやめようと決意。シベリア・アムール地方のカザーク騎兵連隊への勤務を願い出て周囲を驚かせた。1862年、ミハイル大公の口添えでシベリアに異動し、軍務のほかアムール川流域や満州を探査するなどして5年を過ごした。その間、「最善、最悪、最上層、最下層のあらゆる種類の人間」と接触し、人生と人間の性質を学んだ。 このシベリア生活で、「国家的な規律に対する信念をなくし、アナーキストとなる下地ができた」とある。ポーランド人流刑者の反乱(1866年)がきっかけとなったようだ。ポーランド人流刑者は、バイカル湖周辺の断崖を切り開く道路作りに従事していた。ロシア人の政治犯が運命に服従し抵抗しなかった一方、ポーランド人は成功の見込みのない反乱を公然と起こした。 クロポトキンは自らの将校としての地位が虚偽であると感じ、1867年、軍籍を離れてペテルブルク大学に入学した。 本の後半は、一般大衆に社会革命の理想を広げる運動に努めた1870~1880年前後が主体である。その頃、欧州各地では勤労者の権利向上を求める労働者の組織が次々と誕生していた。 クロポトキンは、「周囲にあるものが貧困とかび臭いパンのための戦いであるとき自分だけが高い喜びを経験できない」、「人々のために、民衆のそばに立って知識を広め、民衆と運命を共にしたい」など恵まれた者ならではの純粋な感情を記している。もともと革命思想はこのようなごく単純な理想から始まったものなのだろう。クロポトキンは、国際労働者協会のひとつに参加し、民衆教化のためのパンフレットづくりや書籍の頒布などを行った。 1870年代、ロシアでは、自由のための闘争が先鋭的な性格を帯びていった。1874年、クロポトキンは逮捕され、政治犯としてペトロパヴロフスク要塞に収監された。その後、病気のために移された医療刑務所から脱獄し、フィンランドなどを経てイギリスに亡命した。 皇帝の専制が倒された二月革命(1917年)を機にロシアに帰国するが、無政府主義、反権威主義の立場から、後のボリシェビキ革命政権には係わらなかった。 アレクサンドル二世を「政治家としての勇気に欠け、凶暴性を隠した生まれつきの専制君主」「ロシアの事態を改善することなく一切を投げ出そうとしている」と自身の目で見て分析したクロポトキンにとって、専制の主体が変化したかのようなボリシェビキ革命は受け入れられなかったということだろう。 『ある革命家の思い出』は亡命中の著作のため、ロシア革命に関する考察はない。 1921年、モスクワで死去し、ノヴォデヴィッチ修道院に葬られた。
by itsumohappy
| 2013-12-27 21:37
| 文学・本
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