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2012年 10月 12日

グロスマン 『人生と運命』

「自分の人間である権利のための、善良で高潔な人間である権利のための闘いを続けなければならない。・・・もし恐ろしい時代に、どうにもならない時がやってきても、人は死を恐れてはならない。人間であり続けたいと望むのであれば、恐れてはならない。」 
(『人生と運命』 第三部369頁)


d0007923_1775839.jpgワシーリー・グロスマン(1905-1964)は、ウクライナ・ベルディーチェフ生まれのユダヤ人ジャーナリスト・作家。
代表作『人生と運命』は、1960年代、スースロフ(ソ連共産党のイデオロギー担当書記)が300年後でないと出版されまいとコメントした問題作である。2012年2月、初めて邦訳が出版された。全3巻、1,400頁の大作で、登場人物リストでも数頁にわたる。

もともと化学者の著者は、『文学新聞』に執筆した短編がゴーリキーに認められ、文学活動に専念するよう助言された。1941年6月の独ソ戦勃発に際し、ソ連の軍新聞『赤い星』の従軍記者となり、記事を定期的に掲載した。44年、トレブリンカ絶滅収容所(ポーランド)を取材し、ホロコーストの実態に関する世界初の報道を行った。なお、著者の母は、故郷に侵攻したドイツ軍によるユダヤ人殲滅作戦で死亡している。次第に著者は、全体主義国家における暴力と人間性の破壊という点で、スターリニズムとナチズムの本質は同じであるとの見解に至り、50年代後半から『人生と運命』の執筆を始めた。

『人生と運命』は、スターリングラード戦中の1942~43年の様相を扱ったもので、ユダヤ系物理学者ヴィクトルをはじめとするシャーポシニコフ一家を中心に展開される。スターリングラード戦での独ソの攻防、スターリニズムの犠牲となり粛清される人々、ナチス占領地域におけるユダヤ人虐殺といった、20世紀ソヴィエト・ロシアの悲劇の集大成のような作品である。201の各小節において舞台が、戦場、ラーゲリ、ユダヤ人絶滅収容所などとめまぐるしく転換し、次々と新たな人物が登場するので、慣れないうちは混乱する。
ヴィクトルが粛清の恐怖と闘いつつ、人間としての良心をどのように貫くか悩んだあげく出した結論が、冒頭の引用部分である。
 
著者は、1960年に完成した『人生と運命』をソヴィエト作家同盟機関誌『ズナーミヤ』に持ち込んだが、翌年、KGBの家宅捜索により、草稿を含む原稿のみならずタイプライターのインクリボンまで没収された。作品を反ソ的とみた『ズナーミヤ』編集長がKGBに通報したとされている。64年、著者は、外国ででもよいから本書の出版を遺言で望み、病死した。生前、複数の友人に託されていた原稿が、マイクロフィルムで持ち出され、80年にスイスで出版された。本国で出版されたのはペレストロイカ初期の88年である。
  
翻訳した齋藤紘一氏は、通産省の審議官も務めた元官僚。米川哲夫氏にロシア語を学んだそうだ。『人生と運命』の存在を知ったのは数年前で、邦訳がないのを不思議に思い、取り組み始めた。各小節にある、膨大で精緻な注釈にも圧倒される。
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by itsumohappy | 2012-10-12 17:11 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)
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