2009年 09月 30日

『生き急ぐ-スターリン獄の日本人』 『内村剛介ロングインタビュー 生き急ぎ、感じせく-私の二十世紀』

11年間のラーゲリ(強制収容所)経験を持つロシア文学者・評論家の内村剛介(1920~2009)の代表作のひとつと同氏へのインタビュー本の紹介です。

内村氏は、満州に住んでいた姉夫婦のもとに家庭の事情で単身赴き、14歳で満鉄育成学校に入学した自称「少年大陸浪人」。勉学の傍ら満鉄本社で見習社員をするうち、「未だ子どもの身なのに世の中の実情・カラクリが分かって」しまい、「このままでは人間が駄目になる」と決意、大連二中に転校後、30倍の難関を通って哈爾濱(ハルビン)学院に入学した。1943年、関東軍に徴用されて翻訳業務などに従事。敗戦後の45年9月、平壌で北朝鮮官憲にいったん拘束されるも釈放されたが、急病にかかった同僚事務官の治療のため、ともに収容所に戻って捕虜となった。その後、ソ連諜報機関に逮捕され、48年、25年の禁固刑を受けた。日ソ国交回復後、56年、最後の帰国者の一人として帰国。日商岩井に勤務しながら文筆活動を始め、のち北海道大学・上智大学の教授を務めた。

『生き急ぐ-スターリン獄の日本人』(2001年講談社(当初版:1967年三省堂))
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君の罪は、―もし君に罪があるとすれば、いや、君には必ず罪があるが―歴史に対するものだ。社会主義がこれから受けるかも知れぬ打撃をちゃんと知っているくせに、社会主義の祖国に伝えようとしないことが君の罪だ。
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獄中における内村氏こと「タドコロ・タイチ」とソ連取調官の攻防を描いた著作。タドコロは、「精神の武器」を隠し持ったまま日本に帰ろうとしていると責め立てられ、その「反ソ活動」の罪で、裁判も何もなく「組織的反ソ諜報活動」及び「国際ブルジョワジー幇助」により25年の禁固・5年の市民権剥奪(ソ連市民でもないのに)の刑を受ける。いわば「未来の歴史」に対する罪で収容所送りになるという無茶苦茶な話である。

取調官の異常な論理について、「ある思想が生まれて、人間そのものの鬼子として人間そのものを食い散らかしている」と表現している。通常なら気がふれてもおかしくない状況のなかでのタドコロの冷静な反論が読みどころである。

独房を日本人は恐れないそうだ。独房で発狂するのはほとんど決まってロシア人やドイツ人。彼らは人ごみの中にいたがる論争好き、とある。

『内村剛介ロングインタビュー 生き急ぎ、感じせく-私の二十世紀』
(2008年恵雅堂出版:陶山幾朗編集・構成)

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内村剛介を日本に帰したことは痛恨の極みである。あいつだけは帰すんじゃなかった、とソ連に臍をかませるために僕はシベリアで11年を生き抜いたつもりです。
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内村氏の生い立ち、満州そしてシベリアでの日々から帰国後に至るまでの約400ページにわたる仔細なインタビューを内容としている。収容所で盟友となった仏作家ジャック・ロッシとの交流や同じ収容所にいて帰国直前に急死した近衛文隆のエピソードなども語られている。

進駐してきたソ連軍の通訳として立ち会った内村氏に、司令官が発した第一声は、「労働者開放の崇高なる大号令」ではなく、「玉ねぎはあるか?」だった。
氏はかねてから、コミュニストの、自分たちだけが真理を握っているという一方的な自己主張に我慢ができなかったそうだ。監獄の中でレーニンやスターリンの著作を読み続けるうち、そのナロード(人民)不在の論理に、コミュニズムは必ず亡びると確信し、その間違いを徹底的に論証してやろうと決意した。25年の刑期のうちに俺が死ぬかソ連が無くなるか、そういう問題だ。この国は原理的に間違っている、くたばるのはお前のほうだ。・・という思いで11年を収容所で過ごしてきた。ただの捕虜ではない、大変な気骨の持ち主である。

失った青春の代わりに得たものは?との問いには、ロシア人という謎にじかに直面したという経験である、と答えている。ロシア人は人がいいが、それは自分に対しても無限に寛大であり、何をやってもいいという一種の無政府主義につながっていくことを意味する。ロシアとは「形無しの国」であると総括している。

満鉄育成学校時代、傲慢な満鉄エリートの姿を見て、氏は、自分は 「勇気ある人間」になりたいと思ったと語っている。ソ連からの帰国後は、自分にとって屈辱であるということが目の前で起こったときそういうものは見過ごすまいと決めたそうだ。実際、そのような信念に基づいた、傍目には過激とも見える行動の数々が語られている。
全体を通じて、勇気とは、善とは、ひいては人間とは何か、そして真理とは何かを考えさせられる本である。
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by itsumohappy | 2009-09-30 00:45 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)
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