2009年 08月 23日

『シベリア鎮魂歌―香月泰男の世界』

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立花隆著。04年8月発行(文藝春秋)。シベリア抑留をもとにした連作「シベリア・シリーズ」で有名な画家、香月泰男(1911-1974)のシベリア体験を中心とする研究書。立花氏が書いた、画家からの聞書き本「私のシベリヤ」(1970年文藝春秋)を再録している。「シベリア・シリーズ」全57点の口絵つきで、各作品が描かれた背景の解説が本文の随所にある。観念的な絵が多く、解説がなければ何の絵か知るのは難しい。

香月の抑留の足跡をたどったTV番組の取材時におけるエピソードも加えて、香月に限らない日本人抑留者の苦難がしのばれる構成となっている。正確な日本人抑留者数は今でも明らかではないが、この本によれば、約60万人で、うち7万人前後が死亡したと記されている。

1936年、東京美術学校を卒業した香月泰男は、下関高等女学校で美術を教えていたところ、43年、召集され満州に出征した。終戦後、ソ連に抑留となり、冬は-40℃にもなるシベリア・クラスノヤルスク地区セーヤ収容所などで森林伐採ほか強制労働に従事させられた。


「北へ西へ」(1959年)山口県立美術館所蔵
「帰国列車」と言われ乗せられた車両が、太陽の方向から
西へ向かっていることに翌朝捕虜たちは気がついた


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絵の具箱を入営来手放さず、収容所でいったん取り上げられるも職業画家であることが知られてからは、ソ連将校らの依頼で肖像画などを描いた。
47年に復員してから亡くなる直前まで、満州での敗戦やシベリアでの生活をモチーフにした絵画を散発的に発表した。



「仕方がないと思って戦争がはじまるのを見ていた。仕方がないと思って兵隊となった。日本人が中国、満州でずいぶんひどいことをするのも知っていた。それでも、黙ってるより仕方がないと思っていた。だからなにかつぐないをさせられるのも仕方がないと思っていたのだ。・・・再び赤い屍体を生みださないためにはどうすればよいのか。それを考えるつけるために“シベリヤ・シリーズ”を描いてきたのかもしれない」

「シベリアのことを思い出したくなどない。絵にしようと思って絵にするのではなく、自然に浮かびあがってくる。描くたびまだまだシベリアを語りつくしていないと感じる。シベリアで真に絵を描くことを学んだ。モチーフが無限に自分のなかから湧いてくる。」

香月は、終戦時、皮を剥がれ筋肉がむき出しになった日本人の「赤い屍体」を見、戦争体験の両面、つまり被害体験ではなく加害体験をも語らなければ戦争を知ることにならない、と話している。戦後、原爆の犠牲者に代表される「黒い屍体」ばかりに目がいっているのではないかという指摘である。

「評価や名声などとは一切無関係に無性に絵を描きたかった」画家は、生き続けるためにあらゆる努力を払った。引き揚げ直前、船を待つ間中、インターを歌い、「結構ずくめ」の抑留生活の感想文を書き、アジ演説に「スターリン万歳」と唱和した。「生きることへの貪欲さ」が生死を決めたという。香月のいた部隊は、山口や広島の農家出身の、百姓仕事しか知らないような純朴な人が主体で、思いつめて絶望したあげく死ぬ者が多かった。移動先の収容所にいた江戸っ子部隊の捕虜たちが、将棋、マージャンなどで遊び、演芸会を楽しんでいるのを見て驚き、「人が生きていくためには、真面目さだけでなく遊びの精神を失わないことも必要」という感想を述べている。

「私のシベリヤは、ある日本人にとってはインパールであり、ガタルカナルであったろう。
指導者の誤りによって我々は死の苦しみを受け、今度は別の指導者が現れて、あれは間違いでしたと誤りにいく。私の知らないところで講和が決められ、私の知らない指導者という人たちがそれを結びにいく。いつのまにか私が戦場に引きずり出されていったのと同じような気がする。・・・私は、一切の指導者、命令する人間という者を信用しない。」


戦争体験を以上のように総括している。
画家にとって、「戦争と戦後」、「シベリアと日本」は、考えるほどにちぐはぐでしっくりしなかった。その部分を埋めるため、つまり、いい作品を通じて「私のシベリヤ」を「みんなのシベリヤ」にするため描き続けた。

私はこれまで数点しか香月氏の絵を実際に観たことがない。氏の絵画の特徴は、立花氏によれば「図録では再現不能な三次元性」だそうだ。残念ながら、近年まとまった作品を鑑賞できる機会は少ない。

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山口県立美術館に「シベリア・シリーズ」全点が所蔵されている。同シリーズ以外の代表作や彫刻、道具等の遺品は香月泰男美術館にある。

シベリア抑留について過去の当ブログ記事もご参照下さい。()(
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by itsumohappy | 2009-08-23 21:14 | 文学・本 | Trackback | Comments(0)
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